人間は
投稿者: sylphidbd 投稿日時: 2003/12/09 10:25 投稿番号: [89 / 1982]
例え同じ親から生まれた兄弟でさえ、微妙に顔が違うように、
考え方も違えば、当然、生き方も違う。
100人いれば、100通りの生き方があって当然だと思います。
そんな、考え方も生き方も違う人間同士が寄り集まって
出来ているのが人間社会だから、相手の考え方や立場を
理解しようとする努力をお互いがしなければ、
人間社会は成立たない。
人が社会的動物であるならば、
その努力の出来ない人間は、地域社会であれ、職場であれ、
学校であれ、はみ出してしまうのが現実。
人を理解しようとしなければ、自分も理解はしてもらえない。
人の考え方や生き方を一方的に責めたり、
自分の考え方を押しつけたりするだけで、
相手を理解し、歩み寄ろうとする努力をしなければ、
そこには何の解決も生まれない。
生まれるとすれば、憎しみだけだろう。
その延長線上に、戦争やテロがあるのかもしれない。
空爆で足を失った少女も、亡くなった外交官の方も、
人の命の重さはみな同じ。
人の命の重さを本当に知っているなら、亡くなった人に対して
軽はずみな発言は出来ないはず。
paul_smith_sukiさんは、お若いのかな。
文章の感じから、そんな印象を受けました。
ある意味、純粋なのかもしれませんね。
もし、
空爆で苦しむ人達に胸を痛めているのであれば、
それは、亡くなった外交官の方も同じであったでしょう。
ただ、手のさしのべ方に問題があると思うのであれば、
どうすればよいのか、私達に出来ることは、何か、
を考える方が、議論としては建設的ではないかと思いませんか?
人として守らなければならない最低限のルールを守って
前向きにお話し合いをされるのが大人ではないでしょうか・・・。
何だか、まじめに話している自分が、少し滑稽に思えてきました・・・。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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