言葉の再定義
投稿者: bluepark788 投稿日時: 2004/07/07 07:44 投稿番号: [831 / 1982]
このトピも量が多くなってきたので、3日も見ないと追いつくのが大変ですが、やっと読み終えました。休み明けで仕事が多いが、えいっ!後回し(笑)でレスします。
前から感じてきたことですが、人類に争いが絶えないひとつの大きな理由は、言葉・文化・習慣の違い、そこから派生してきた価値観の違いなんだろうなと。もっとも違いがあるから感動することもあるし、他の民族にない長所も生まれるし、ポジティブなことも多くあるんですが、アセアンさんが武力行使トピで説明していた「戒厳令」という言葉ひとつとっても、適用される場所が異なれば、その意味も大きく変わる。
他の言語、文化、習慣を本当に「知る」というのは、自分が話す言語に翻訳された物を読んでも無理なんですよね。翻訳された時点で、重要なニュアンスとか空気とか、説明しきれないものが抜け落ちてしまう。人間は、自分の知らない世界の存在を受け入れるだけでも難しいのに、理解するのはできない人が多いのは、まあ仕方ないでしょう。ただ外国に住んだ経験があると、「世界には自分の理解を超えた価値観があるのだ」と、その価値観が理解できなくとも、存在を認識して、受け入れることはしやすくなるのでしょう。
>つまり、現地概念のスイッチがONになった瞬間に英語も日本語も理解出来なくなる訳で・・・ははは
これ、とってもよくわかります(笑)。アメリカに住み始めて間もないころ、知り合った日系人、とても優しいおじさんだったんですが、それはあくまで日本語をしゃべっている時だけ。いったん英語にスイッチがONされると、別人に変身する(言葉はもちろん、ジェスチャーや考え方まで)ので驚いたことがあります。それから数年後、日本から遊びに来た久しぶりに会う友人に、まったく同じことを指摘され、自分もいつしか日系人になったのだなあと、思ったものです。
ま、根が雑なので、
>逆に自分のアイデンティティに悩む問題でもあるんです。
これはまったくありませんが(笑)
これは メッセージ 723 (asean_peace11 さん)への返信です.
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