おはようございます>サッカーさんへ
投稿者: silverlining430 投稿日時: 2004/10/24 04:35 投稿番号: [1801 / 1982]
ご丁寧なレスありがとうございます。
すでにイラクへの対イラク武力行使が、国際法上違法であるとの認識を私は示しており、この点について見解は一致しております。
上の認識からさらに議論が分岐するところで互いに意見の相違はあれど、有意義な意見交換ができたことを感謝申し上げます。
以下、サッカーさんの国連憲章についての基本的な見方に誤りがあると感じましたので、私個人の私見ではなく、あくまで教科書的な説明という意味で、認識をたださせていただきますと同時に、私が紹介した米国の公式見解の論理を崩せていませんので、再度説明します。
>安全保障理事会による決議が法的拘束力を持つものであっても
>国連には国連憲章と言う、いわば上位法(=憲法)と呼べるものがあります
まず、安保理決議と国連憲章を別物ではありません。
サッカーさんが紹介された国連憲章上の規定の手続きにしたがって採択されるのが安保理決議であり、安保理決議が法的拘束力を有しているからこそ、国連憲章の一部の規定の上位規範性が認められているいうことです。
また、国連憲章は国際社会の憲法であるとの学説は残念ながら主流ではありません。
憲法は権力チェックのための規範を内在しておりますが、国連憲章には権力チェック規範がないからです。
つまり、仮に国連憲章の規定通り国連軍が創設されたとします。で、たとえば国連軍の武力行使が、人道法に逸脱した場合、それを抑制する規定が国連憲章にはないからなのです。
国連軍の創設は「超暴力の出現である」と述べた哲学者もいますが、しばし批判される米軍の過剰攻撃に、国連軍も及んでしまう恐れは十分にあるわけです。が、それを咎める規定はありません。
だからこそ私は、国連のお墨付きで武力行使が行われる場合でも、それにより生じた被害を補償できる法規範の整備の必要性を主張しているのです。国連憲章上認められた強制行動をチェックする、対権力行使抑制規範が存在しなければ、国連憲章など到底世界の憲法とは言えません。
それから、
>>
アメリカの軍事行動が国連憲章に抵触する時
国連憲章に拠らず武力行使が出来る「自衛権の行使」と言う理論も成り立つと宣言しておく
いわば「保険」をかけた…と言うことでしょう
もちろんそんな「保険」を認めようとは思いません
>>
私は、米国が自分勝手に構築した法的根拠は、「公式見解」では、「国際法上のopposability」概念の援用だと言ったはずです。つまり先制攻撃論ではないのです。これが公式見解であり、この巧妙な理論武装を突き崩す必要がある。
>>
要するに1441条一本だけで武力行使は出来ない
そうするためには最終的な決議が必要であると言うことです
>>
決議1441一本だけという話を私はしていませんし、米国も1441だけを武力行使の法的根拠にしていないと述べたはずです。
安保理決議678と687が「未だ有効だ」というのが米国の理屈です。
リンクも貼り付けたはずです。
読んでいませんか?
私はすでに米国の関係者などに対し、米国の主張は法的な解釈としておかしいと進言しましたし、国際法学者の多くも、この解釈が誤っているとの見解に立っています。
米国を批判したいのであれば、米国が公式に示している理論武装を突き崩してほしいと願うからこそ、丁寧にサッカーさんに紹介したのです。
もう一度、米国の公式論理の何が間違っているのか? サッカーさんにはしっかり考えていただきたく思います。
以上です。単に教科書的な基本認識を訂正したにすぎませんので、レスは入りません。有意義な意見交換ができたことに改めて感謝申し上げます。ありがとうござました。
すでにイラクへの対イラク武力行使が、国際法上違法であるとの認識を私は示しており、この点について見解は一致しております。
上の認識からさらに議論が分岐するところで互いに意見の相違はあれど、有意義な意見交換ができたことを感謝申し上げます。
以下、サッカーさんの国連憲章についての基本的な見方に誤りがあると感じましたので、私個人の私見ではなく、あくまで教科書的な説明という意味で、認識をたださせていただきますと同時に、私が紹介した米国の公式見解の論理を崩せていませんので、再度説明します。
>安全保障理事会による決議が法的拘束力を持つものであっても
>国連には国連憲章と言う、いわば上位法(=憲法)と呼べるものがあります
まず、安保理決議と国連憲章を別物ではありません。
サッカーさんが紹介された国連憲章上の規定の手続きにしたがって採択されるのが安保理決議であり、安保理決議が法的拘束力を有しているからこそ、国連憲章の一部の規定の上位規範性が認められているいうことです。
また、国連憲章は国際社会の憲法であるとの学説は残念ながら主流ではありません。
憲法は権力チェックのための規範を内在しておりますが、国連憲章には権力チェック規範がないからです。
つまり、仮に国連憲章の規定通り国連軍が創設されたとします。で、たとえば国連軍の武力行使が、人道法に逸脱した場合、それを抑制する規定が国連憲章にはないからなのです。
国連軍の創設は「超暴力の出現である」と述べた哲学者もいますが、しばし批判される米軍の過剰攻撃に、国連軍も及んでしまう恐れは十分にあるわけです。が、それを咎める規定はありません。
だからこそ私は、国連のお墨付きで武力行使が行われる場合でも、それにより生じた被害を補償できる法規範の整備の必要性を主張しているのです。国連憲章上認められた強制行動をチェックする、対権力行使抑制規範が存在しなければ、国連憲章など到底世界の憲法とは言えません。
それから、
>>
アメリカの軍事行動が国連憲章に抵触する時
国連憲章に拠らず武力行使が出来る「自衛権の行使」と言う理論も成り立つと宣言しておく
いわば「保険」をかけた…と言うことでしょう
もちろんそんな「保険」を認めようとは思いません
>>
私は、米国が自分勝手に構築した法的根拠は、「公式見解」では、「国際法上のopposability」概念の援用だと言ったはずです。つまり先制攻撃論ではないのです。これが公式見解であり、この巧妙な理論武装を突き崩す必要がある。
>>
要するに1441条一本だけで武力行使は出来ない
そうするためには最終的な決議が必要であると言うことです
>>
決議1441一本だけという話を私はしていませんし、米国も1441だけを武力行使の法的根拠にしていないと述べたはずです。
安保理決議678と687が「未だ有効だ」というのが米国の理屈です。
リンクも貼り付けたはずです。
読んでいませんか?
私はすでに米国の関係者などに対し、米国の主張は法的な解釈としておかしいと進言しましたし、国際法学者の多くも、この解釈が誤っているとの見解に立っています。
米国を批判したいのであれば、米国が公式に示している理論武装を突き崩してほしいと願うからこそ、丁寧にサッカーさんに紹介したのです。
もう一度、米国の公式論理の何が間違っているのか? サッカーさんにはしっかり考えていただきたく思います。
以上です。単に教科書的な基本認識を訂正したにすぎませんので、レスは入りません。有意義な意見交換ができたことに改めて感謝申し上げます。ありがとうござました。
これは メッセージ 1797 (soccerdaisuki2004jp さん)への返信です.
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