”根性”の必然性
投稿者: katuragi1940 投稿日時: 2004/07/18 12:36 投稿番号: [1069 / 1982]
おはようございます。
アセアンさん
”根性”はやっぱり必要なんですよ。根性原理主義になってしまっては論外ですが、これがなければアセアンさんの事例にもあるように、いつの間にか不具合がたまってゆくわけです。
このたまってゆく不具合が感覚としてわかるってのは非常に大事なんです。
それこそ現場感覚ですね。
まあ、根性というよりは向上心、あるいは職業に対する誇りでしょうか。そういったものの混ざった感覚ですね。
かのエンジニアさんの”感覚”は生産現場にいるものとしては不可欠です。
日本で起きてる大規模事故もこの辺の感覚をなおざりにしてる部分が多いわけです。
もちろん、機械が万人に受け入れられるということは必要なわけで、底辺で生産が拡大するためにはそれが必要なわけです。
機械にはメンテナンスが必要で、機械の”公差”はそのまま機械の性能の”公差”にも関連するためおろそかにできるものではありません。
公称の性能をそれなりの期間発揮させるためだけでも”不断”のメンテが必要です。
この感覚をいきなり第3世界で培うのは無理でしょう。
地道な育成が必要です。
これは生産に対する技術というよりは「文化」の側面がありますから、ある程度の教育を前提に(中学程度でいいはずです)労働に対する誇りの気持ちを育成しなくてはいけないでしょう。
特に商品として考えた場合その差は結構大きくなると思います。
それなりの知識と労働意識を持った労働者がいなければこのエンジニアの姿は生まれません。
また曲がりなりにも日本の生産品が世界で評価されているのは生産技術の進歩とともにそれを維持改善する日本の生産現場の文化があるためだと思います。
明治維新から始まって取敢えずのレベルに達したのが戦前です。
それから今のレベルに達するまでにもう40年もたってるんですよね。
ただ、気にしなくてもそろそろ第3世界のあちこちで数は少ないながらそういったエンジニアの目が出ているはずです。
これをある程度普遍的なものにできるかはそれこそ教育と労働政策といった政策に絡んでくるところはものすごく大きいとは思いますが・・・
取敢えずです
これは メッセージ 1068 (asean_peace11 さん)への返信です.
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