イラク戦争

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「終わらぬ「民族浄化」セルビア」②

投稿者: imonoyamashotengai 投稿日時: 2005/06/22 02:09 投稿番号: [4717 / 5091]
  ミロシェビッチ政権を崩壊させた2000年の10月革命には、
米の民主主義革命のプロモートが刻印されていた。
後の、グルジア、ウクライナでの「民主主義革命の輸出」の雛形だ。


1991年、ドイツは、スロベニアとクロアチアを世界で初めて承認する。
1999年、ドイツは、ユーゴ空爆という第二次大戦後、初めて戦争に参加する。
こうしてドイツは、『普通に戦争をやれる国』となった。


  北部、ボイボディナ自治州、30もの民族、公用語は六ヵ国語。
州議長は一貫した反ミロシェビッチ派。
10回以上逮捕され、懲役代わりに激戦地ブコバルに送り込まれた。
ミロシェビッチによる反体制派への間接的な暗殺の仕方だった。
ボイボディナで最も人口が減ったのは意外にもセルビア人だった。
元々住んでいたセルビア人が出て行き、コソボ等からのセルビア人難民が
入って来た。
議長は語る。
「独立は全く考えていない。我々が願うのはあくまでも自治権の拡大だ。
  中央政府とのより良き連絡関係と立法の権利。独自に法を政策することで
  ユーゴの他の地域にも安定をもたらせたい」

  古き良きユーゴの匂いが残る最後の場所のようだ。


セルビアは難民大国だ。クロアチア、ボスニアから80万人、コソボから20万人、
計100万人の難民大国だ。
  空爆でインフラも破壊され、戦後の支援もクロアチアやボスニアよりかなり
後回しだ。
  コソボ難民へのセルビア本国での支援も不足している。
コソボ難民は、自分達は難民ではなく、母国政府からも見捨てられた棄民だと
思っている。
  コソボからのセルビア人の難民が、ベオグラードでコソボ訛りが虐めの対象に
なり、うまく溶け込めないという同胞からの差別もあるそうだ。


「自らの加害性を互に歴史として自覚し合ってこそ、真の民族融和の再構築が
  始まるのだ」と著者は述べている。

  私は、チトーを全面賛美するつもりは全くない。
しかし、民族融和に心血を注いだチトーの肯定的に評価すべきことはきちんと
評価するべきだと考えている。
  同時に、チトーの限界、否定面もそれとしてきちんと批判され、反省され、
教訓化されなければならないと考えている。
  例えば、チトーは、過去の諸民族の対立の歴史に対して、封印し、触れること
を法律で禁止した。
  しかし、それでは、何ら問題の本質的解決にはならない。
目を背けたくなるような陰惨な現実でも、真正面から受け止め、それと対峙し、
乗り越えることによってしか、本質的解決への道はないのではないか。

チトーの遣り残したこともまた、旧ユーゴ紛争の本質的要因の一つであると思う。
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