imonoyamashotengaiさんへ
投稿者: newtype_being 投稿日時: 2005/01/08 00:42 投稿番号: [4242 / 5091]
戦後の日本人が「世界」というのはアメリカのことである。控えめにいっても、「ア
メリカ流に解釈された世界」、それが戦後、日本人の平均として思い描く「世界」
のイメージになっている。
したがって、日本人が国際社会に進み出る際にあらかじめ設定する国際標準はアメリ
カ流の尺度にならざるをえない。
日本の新憲法もアメリカの作品であるし、日本の軍隊もアメリカの傘下にあるし、ア
メリカの経済自由化の要求に日本は屈せざるをえないし、そして何よりも日本人の生
活様式がますますアメリカのものに近づいている。
言うまでもないことだが、「価値」や「基準」に関するアメリカ的尺度は今や中国や
ザイールの奥地にまで浸透している。
だから、それに歩調をあわせていく以外に国際社会を渡り切るのは難しいと日本人が
判断するのはむしろ自然である。
不自然なのは、この国際社会においてアメリカを乗り越えることの困難に取り組むの
を国際的なやり方でないと批判するばかりか、アメリカのやり方を習得することを持
って文明の進歩と賞賛するような日本人の態度である。
では、なぜ?日本人はそのような態度を身につけてしまったのだろうか?
日本に対するアメリカの影響が、それを払拭することが不可能であると日本人をして
信じさせるほどに、強力であったことは間違いない。
これは メッセージ 4232 (imonoyamashotengai さん)への返信です.
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