イラク戦争の意義
投稿者: souandjun 投稿日時: 2004/05/05 19:46 投稿番号: [391 / 5091]
フセイン政権が「クルド人虐殺」を行ったから、あるいはフセイン政権が独裁政治を行ったから、民主化のために戦争を仕掛ける事が許されるはずはありません。
今回の戦争が国連決議に基くものとしても(百歩譲って)、それは大量破壊兵器保有の疑いが濃厚であった為であり、独裁政治を止めさせる国連決議ではなかったはずです。
また、IAEAが戦争以前に核兵器保有の可能性が低いことを国連に報告し、査察続行を申し入れたにも拘らず戦争に踏み切った事は既に報道でご存知のはずです。そうすると、いつの間にか戦争の大儀が大量破壊兵器から民主化へ、さらに「リベンジ9.11」(アフガン戦争はまさにこれ)、テロリストフセイン政権へと国連決議とは全く違う方向へ報道統制されてきているような気がします。
そういった戦争を仕掛けたアメリカに対して、小泉内閣はまるで飼い犬のように擦り寄っているように感じるのは私だけでは無いはずです。無条件でアメリカの言いなりになる感じこそ、自衛隊派遣に反対する理由のような感じがします。
既に、多くのイラクの国民が犠牲になり、なおかつアメリカ兵にもかなりの犠牲が出ています。戦争を起こしたアメリカが民主主義をイラクに導くことは不可能です。なぜなら民主主義とは体制の中に反体制を認めることですし、ブッシュが言う「神の御名において」の神キリストとイラクの民の神は違うのです。
自衛隊はサマワに駐留していますが人道支援の大儀と戦争によるイラク人の心の荒廃と国土の荒廃を比較したときにやはり派遣には?が付きます。
そう考えることが自然ではないでしょうか?
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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