イラク戦争

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イスラームの分派についての参考資料(6)

投稿者: nezu_nezukou 投稿日時: 2004/11/14 01:20 投稿番号: [2268 / 5091]
■ シーア派の誕生

宗教的な思想としてのシーア派は、カルバラーの悲劇という、この事件を境に誕生したと言っても過言
ではありません。フサインの死を防げなかったクーファの支持者たちは、自分たちの無力さを嘆き、沈
黙していた卑怯さを責めました。その慙愧の念が、シーア派的心情の基調音となります。彼らは「ウワ
ープン(懺悔する者たち)」と名乗って、教宣を展開しました。その内容がやがてシーア派信条として
確立されていくこととなります。

カルバラーの荒野には、その後フサインの廟が立てられ。アリー廟のあるナジャフと並ぶシーア派最高
の聖地となりました。

フサインの殉教は、現代に至るまでシーア派にとって最も重要な宗教的なシンボルであります。殉教の
日はイスラーム暦の一月一〇日にあたっていますが、この日を悼む習慣は、シーア派のブワイフ朝が、
一〇世紀に始めて以来、今日まで伝わっています。

一月一〇日はムハンマド時代から「アーシューラーの日」(アーシューラーは数字の一〇の派生語)と
呼ばれ、ユダヤ教のモーセにちなんだ断食が行われておりましたが、カルバラーの悲劇以降は、アーシ
ューラーと言えばフサインの殉教の日として、シーア派に縁の深い日となりました。

イランなどシーア派の多い地方では、この日に人々が手で自分の胸を打ちながら、町を練り歩きます。
場合によっては、鎖で自分を打ち、血を流しながら歩きます。この行いは、懺悔する行い(償い)とし
て、フサインを見殺しにしてしまった自分たちを責める、という行事であります。

余談になりますが、ここで歴史と歴史認識の違いについて触れておきます。

現代のイランやバハレーンで「フサインを見殺しにした」と慙愧の念を露に自らの体を鎖で打つ人々は、
言うまでもなく歴史としてのフサインの殉教には何の責任もありません。しかし、当人たちの歴史認識
としては、そうではありません。もともとアラブ民族には部族や家族の系譜や血縁関係を重んじる性質
にあり、それは血や遺伝子の流れというような同義的な解釈に相当します。すなわち、「己の体の中に
はそのような大罪を犯した血が流れている」という解釈に繋がります。したがって、フサインを見殺し
にしたという「事実」は昨日のことのように、自分たちが直接語り継ぐ体験や自責として内面化されて
いるのであります。そして、そのことが彼らをしてシーア派たらしめます。

別な言い方をすれば、先に述べたように、カルバラーの悲劇を描くことは、初期シーア派の歴史の一部
を語っているようでもありますが、現代に生きるシーア派のヴィヴィットな歴史認識を描いていること
にもなりえます。


このように初期のアリーの信奉者の中には、指導者としての彼に心酔していた人々がいた他に、実は、
政治的・経済的な理由で従った人々もいました。(まぁ、当然の話ですが…)
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