イラク戦争

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イスラームの分派についての参考資料(5)

投稿者: nezu_nezukou 投稿日時: 2004/11/13 16:56 投稿番号: [2231 / 5091]
■ カルバラーの悲劇

この悲劇は、さまざまな歴史書で細部が伝わっています。この事件は、イスラーム史でも他に類を見な
い惨劇と言うべきかもしれません。

フサインが率いていたのは、五、六〇名で、そのうち約二〇名は女性と子供でありました。クーファの
熱心な支持者の中でカルバラーに馳せ参じた者も多少いましたが、それでも兵力は総勢一〇〇に満たな
い。それを四〇〇〇の軍勢が包囲しました。

しかも、戦闘になる前の三日間は水の補給が絶たれ、全員が喉の乾きに苦しんだといいます。戦争の当
日、全ての兵が倒れた後、フサインが喉の乾きに泣き叫ぶ赤子を抱き上げた時、飛んできた矢が赤子を
刺し殺した、という情景も伝わっています。

クーファの民は、指導者として来てくれと矢のように催促し、フサインはそれに応えた形でありました
が、いざ来ると、彼らは包囲されていたフサインを見捨てました。

出発前のフサインに、結果を見越した何人かが行かないように忠告したという。ある者は「クーファの
民の心は貴方と共にあるが、彼らの剣はあなたの敵と共にある」と予測したといいます。また、アリー
の時代にも、クーファの民は危機に際して軟弱であったとの評価があります。フサインが決起に先立っ
てクーファに遣わした代理人に対して、一万八〇〇〇人がフサインへの臣徒を誓ったというが、ウマイ
ヤ朝の総督が弾圧策を取ると、ほとんど全員が沈黙してしまいました。

しかし、フサインの側でも幻想を持っていたわけではなく、マッカを発つ時には待ちうけている悲劇を
ある程度予測していたようにも思われます。

包囲されたフサインの一行は、ウマイヤ朝の軍隊から、ヤジードの権威を認めて降伏するか死を選ぶか
の選択を迫られました。それを、さも当然の如く、フサインが降伏を拒絶したのは言うまでもない。彼
は、敵兵に対して、その宗教心に訴えるべく、さまざまな呼びかけを行ったが、効果はありませんでし
た。

イスラーム暦一月一〇日は朝から始まり、日没の少し前に終ったという。フサイン側の者は、一人また
一人と倒されていきました。フサインは、我が子を含めて一族の男子と忠実な臣下がすべて殺されるの
を目撃した後、最後に、女性と子供たちの見ている前で倒された。ウマイヤ朝軍は彼の首を切り取り、
遺体を放置したまま、女性と子供を捕虜にして立ち去りました。行軍するウマイヤ朝軍が槍の穂先に掲
げた首級は、全部で七二あったとも言われます。

捕虜となったフサインの妹は、「預言者ムハンマドの死後わずか五〇年にして、彼の最愛の孫がムスリ
ムによって惨殺されるとは!」と悲観の声をあげたという。
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