イラク戦争

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ファルージャ 狙撃による老人・女性虐殺

投稿者: kataribeno98 投稿日時: 2004/04/16 20:45 投稿番号: [12 / 5091]
ファルージャのイラク側で取材する声が届きにくいいま、
ファルージャに救援にいったボランティアの司法修習生の女性による報告が、
世界の各新聞に載っています。
NYタイムズやガーディアンでも載ったらしいのですが、閲覧会員制でここでは

南ドイツ新聞
http://www.sueddeutsche.de/kultur/artikel/269/30239/

「町全体に不快な死のにおい」ファルージャからの目撃報告4月15日

・・・・
私がこのバスに乗っていた理由は、と言えば、
知人のジャーナリストが夜11時に私のところに来て、
ファルージャの状況は絶望的であり、
手足が吹き飛ばされた子どもをファルージャから運び出していた
と語ったことにある。医療援助をファルージャに運び入れ
る必要があり、外国人、西洋人がいると、米国の検問を通過して
ファルージャに入ることができるチャンスは大きい。
・・・・

到着後、私たちは物資をバスから降ろした。荷箱はすぐに引きちぎるように開かれた。
最も歓迎されたのは毛布だった。そこは病院と呼べるものではなく、ただの診療所だった。
米軍の空襲でファルージャの大病院が破壊されてから、ただで人々を診療している個人医の
診療所だった。もう一軒の診療所は、
ガレージに臨時で作られたものだった。麻酔薬はなかった。血液バッグは飲み物用の
冷蔵庫に入っており、医者たちは、それを非衛生的なトイレのお湯の蛇口の下で暖めていた。
女性たちが叫び声をあげながら入ってきた。胸や顔を手のひらでたたき、祈りながら。
ウンミ、お母さん、と一人が叫んでいた。私は彼女を抱きかかえていた。それから、
コンサルタント兼診療所の所長代理マキが私をベッドのところに連れていった。
そこには、頭に銃による怪我を負った10歳くらいの子どもが横になっていた。隣のベッドでは、
もっと小さな子どもが、同じような怪我で治療を受けていた。
米軍の狙撃兵が、この子どもたちとその祖母とを撃ったのである。
一緒にファルージャから逃れようとしたところを。 明かりが消えた。換気扇も止まり、急に静かになった。
その中で、誰かがライターの炎を付けた。医者が手術を続けられるように。
町の電気は何日も前から止まっており、発電器の石油が切れたときには、石油を入手するまで、
とにかく何とかしなくてはならない状況だった。デーブがすぐに懐中電灯を渡した。二人の
子どもたちが生き延びることはなさそうだった。
「こちらへ」。マキが言って、私を一人、ある部屋に案内した。
そこには、お腹に受けた銃の傷を縫い上げたばかりの、年老いた女性が
いた。足のもう一カ所の傷には包帯がまかれていたが、彼女が乗ってい
るベッドには血が染み込んでいた。彼女は白旗を今も手に握りしめていた。
彼女の話も、同じである:「私が米軍の狙撃兵に撃たれたのは、家を出て
バグダッドに向かおうとしているときでした」。街の一部は米軍海兵隊に制圧されている。
別の一部は地元の戦士たちが統制している。彼女たちの家は、米軍が制圧した地域にある。
彼女たちは、狙撃兵が米国海兵隊兵士であるという固い確信を持っている。
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