今日の配信文(3)
投稿者: d_vooov_b 投稿日時: 2004/04/15 16:16 投稿番号: [60600 / 280993]
日本のマスコミ各社がアラビア語に弱いので、裏付けなしに思い込みで突っ張り、他社と速報性を競い合った結果「大事件」になったのだ。
【『週刊文春』04年3月25日号の、田中真紀子元外相の長女の離婚に関する記事は、大した記事ではなかったが、長女がプライバシーを侵害されたとして発売直前に「発売差し止めの仮処分」を地裁に求め、地裁がそれを認めたため「言論の自由にかかわる大事件」になった。その結果、日本中の書店で、すでに出荷済だった同号が売り切れ、いつもより多くの読者がその記事を、さも大した記事であるかのように熱心に読んだ。イラク日本人人質事件にも、これと同類の過剰反応が見られる。】
この裏付けのない事件報道のひどさが際立つのが04年4月11日だ。日本時間11日午後3時18分、時事通信のバグダッド駐在現地スタッフが、アルジャジーラの「日本人人質が近く解放される」という報道を「解放された」と聞き違えて東京に打電すると、アラビア語のわからない日本人幹部はそれを鵜呑みして世界に配信してしまった。ロイター通信や新華社が転電し、毎日新聞Web版やTBSも速報したため、大騒ぎになった(時事通信は約35分後に記事を取り消し、午後5時頃おわびを配信。産経新聞04年4月13日付朝刊3面、共同通信Web版4月11日)。
この誤報は特異なケースではない。この事件の発覚当初から一貫して、日本のマスコミは(アラビア語に弱いという現実は一貫して変わらないので)入手した情報の細かいチェックや価値判断が不十分なまま、針小棒大な報道を続けていたのだ。
アルジャジーラは、日本時間11日未明には、人質解放を予告する第2の手紙(犯行声明文)を報道したが、その19時間後には「24時間後に人質を殺す」という矛盾した声明を、信憑性は低いと言いつつ報道するなど、人質家族の神経を逆撫でしかねない、下劣なまでに無責任な態度すら見せた(19時間前の報道の信憑性は検討したのか)。
●入国せず?●
日本の大手マスコミにとって「イラク日本人人質事件」がほんものの誘拐事件だとする「裏付け」は、アルジャジーラに独自の取材・分析能力がほとんど期待できないとわかったいまは、上記の2通の手紙とビデオ、それに、人質3人が、イラク入国直前にヨルダンの首都アンマンのホテルで書いたホームページの書き込み(今井紀明さんの「幻の書き込み」でなく、高遠菜穂子さんのアンマン出発予告)や電子メール、ホテル従業員や知人との会話、ノートへの記帳、といった弱い状況証拠だけだ。
厳密には、3人がイラクに入国したという証拠はない。
上記の2通の手紙のどこにも「イラクで拘束した」とは書いてない。ただ、第1の手紙の差出人名が「イラクの聖戦士旅団(サラヤ・ムジャヒディン、戦士隊)」となっていたから、そうだろうと思われているだけだ。第2の手紙に至っては、その差出人名の「イラクの」すらないので(ただの「聖戦士旅団」なので)これを「イラク日本人人質事件」と呼んでいいか、甚だ疑問だ。
日本政府の調べでは、3人がヨルダンとイラクの国境を越えた、という国境検問所の記録はみつかっていない(04年4月13日放送のNTV『ザ・ワイド』で、評論家・有田芳生)。
人質のうち、郡山総一郎さんはアンマンを発つ前にホテルの従業員に「イラクに行ったら死ぬかもしれない」と言い、今井紀明さんもメールで友人に「予想以上にまずい状況になっている。後は運次第」と書き、高遠菜穂子さんも国境で引き返す可能性を示唆していた(産経新聞04年4月10日付朝刊2面「3人の足取り」)。
3人は、現時時間6日夜11時(日本時間7日午前4時)にタクシーでアンマンを発ってイラクをめざしたが、常識的に見て、検問で止められて国境を越えられなかったか、止められるまでもなく「越えない」と(タクシーの運転手が)決断した可能性が高い。
【読売新聞は「そのタクシー運転手がイラクで知人に、事件の真相を語ると殺される、と怯えながら真相(イラク入国)を語った」と二次情報を伝えているが(読売新聞Web版04年4月14日)、殺されたくなければ真相は言わないはずなので、明らかに矛盾している。】
(^^;)
【『週刊文春』04年3月25日号の、田中真紀子元外相の長女の離婚に関する記事は、大した記事ではなかったが、長女がプライバシーを侵害されたとして発売直前に「発売差し止めの仮処分」を地裁に求め、地裁がそれを認めたため「言論の自由にかかわる大事件」になった。その結果、日本中の書店で、すでに出荷済だった同号が売り切れ、いつもより多くの読者がその記事を、さも大した記事であるかのように熱心に読んだ。イラク日本人人質事件にも、これと同類の過剰反応が見られる。】
この裏付けのない事件報道のひどさが際立つのが04年4月11日だ。日本時間11日午後3時18分、時事通信のバグダッド駐在現地スタッフが、アルジャジーラの「日本人人質が近く解放される」という報道を「解放された」と聞き違えて東京に打電すると、アラビア語のわからない日本人幹部はそれを鵜呑みして世界に配信してしまった。ロイター通信や新華社が転電し、毎日新聞Web版やTBSも速報したため、大騒ぎになった(時事通信は約35分後に記事を取り消し、午後5時頃おわびを配信。産経新聞04年4月13日付朝刊3面、共同通信Web版4月11日)。
この誤報は特異なケースではない。この事件の発覚当初から一貫して、日本のマスコミは(アラビア語に弱いという現実は一貫して変わらないので)入手した情報の細かいチェックや価値判断が不十分なまま、針小棒大な報道を続けていたのだ。
アルジャジーラは、日本時間11日未明には、人質解放を予告する第2の手紙(犯行声明文)を報道したが、その19時間後には「24時間後に人質を殺す」という矛盾した声明を、信憑性は低いと言いつつ報道するなど、人質家族の神経を逆撫でしかねない、下劣なまでに無責任な態度すら見せた(19時間前の報道の信憑性は検討したのか)。
●入国せず?●
日本の大手マスコミにとって「イラク日本人人質事件」がほんものの誘拐事件だとする「裏付け」は、アルジャジーラに独自の取材・分析能力がほとんど期待できないとわかったいまは、上記の2通の手紙とビデオ、それに、人質3人が、イラク入国直前にヨルダンの首都アンマンのホテルで書いたホームページの書き込み(今井紀明さんの「幻の書き込み」でなく、高遠菜穂子さんのアンマン出発予告)や電子メール、ホテル従業員や知人との会話、ノートへの記帳、といった弱い状況証拠だけだ。
厳密には、3人がイラクに入国したという証拠はない。
上記の2通の手紙のどこにも「イラクで拘束した」とは書いてない。ただ、第1の手紙の差出人名が「イラクの聖戦士旅団(サラヤ・ムジャヒディン、戦士隊)」となっていたから、そうだろうと思われているだけだ。第2の手紙に至っては、その差出人名の「イラクの」すらないので(ただの「聖戦士旅団」なので)これを「イラク日本人人質事件」と呼んでいいか、甚だ疑問だ。
日本政府の調べでは、3人がヨルダンとイラクの国境を越えた、という国境検問所の記録はみつかっていない(04年4月13日放送のNTV『ザ・ワイド』で、評論家・有田芳生)。
人質のうち、郡山総一郎さんはアンマンを発つ前にホテルの従業員に「イラクに行ったら死ぬかもしれない」と言い、今井紀明さんもメールで友人に「予想以上にまずい状況になっている。後は運次第」と書き、高遠菜穂子さんも国境で引き返す可能性を示唆していた(産経新聞04年4月10日付朝刊2面「3人の足取り」)。
3人は、現時時間6日夜11時(日本時間7日午前4時)にタクシーでアンマンを発ってイラクをめざしたが、常識的に見て、検問で止められて国境を越えられなかったか、止められるまでもなく「越えない」と(タクシーの運転手が)決断した可能性が高い。
【読売新聞は「そのタクシー運転手がイラクで知人に、事件の真相を語ると殺される、と怯えながら真相(イラク入国)を語った」と二次情報を伝えているが(読売新聞Web版04年4月14日)、殺されたくなければ真相は言わないはずなので、明らかに矛盾している。】
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これは メッセージ 60594 (d_vooov_b さん)への返信です.
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