xd82mssngr さま
投稿者: wanko1955 投稿日時: 2005/06/01 00:25 投稿番号: [278120 / 280993]
いつも、真面目にレスをいただき恐縮です。どこからコメントしていいやら・・・
とりあえず、メッセージ: 278111 の、
「義務を果たすつもりで事情で果たせないのと、権利ばかり主張して
義務を果たす気がハナからないのとは、大違い・・・」に関して、
“心づもり”の違いは理解りますが、事象としての「義務を果たしていない」
ことはどちらも同じで(残念ながら)個人の社会的権利は制限されます。
というか、主観的に見た“果たすつもり”が客観的に見た“果たすつもり”と、
何らかの方法で一致を見ない限りは、社会はとても“個人的なもの”になって
しまい、相対としての「個人」と「社会」の関係が成立しません。
たとえば年金問題において「払った分が、将来的に貰えないかもしれない」
だから“払う必要がない”“払いたくない”という意見がありますが、
それは「障害者年金」にまで踏み込んだ意見ではありません。つまり、
個人の義務は、個人の権利ばかりでなく“社会総体の権利(=自分も含めて
他人の権利まで)”を保障しているのだということ。“心づもり”は別にしても、
無職(=働いていないこと)は、事実、障害者や社会的弱者の権利や、
自由を保障することに、少しも作用していない・・・ということです。
なんだかエラソな物言いで申し訳ありません。頭の良い xd82mssngr さんは、
きっとこの個人と社会との“相対関係”を理解いただけるものと思っています。
要するに平たく云えば、情感や気分は別問題として、個人の自由も権利も、
社会との“相対関係”でしか認識できないのでは?
ということ。
そこに「神」を持ち出されたら、ボクにはお手上げですが(笑い)
これは メッセージ 278111 (xd82mssngr さん)への返信です.
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