今後のシミレーション12
投稿者: quality_coffee2 投稿日時: 2004/10/31 03:04 投稿番号: [255800 / 280993]
過去に殺害された人を見ると、我々の社会では「まっとうな人間」であり、いずれもビジネスによる仕事の関係か軍関係者などである。
そしていずれも殺害されている。
しかし彼は我々の社会で言えば「落伍者」であり「失格者」である。
そして彼の何かにとりつかれた様に野良犬のごとくフラフラと「世界で最も危険と恐れられ忌み嫌われる人間」の前に現れた姿は、その烙印をつけるに相応しい。
何故、彼の行動に犯罪者のごとく不快に感じるのだろうか?
裕福で何不自由の無い平和な我々の社会に
彼は水を指しているからである。
それは何か思想があるわけではなく、ただ、何かにとりつかれたように突き動かされた行動である。
ある目的を明確にしたボランティアやジャーナリストなどとも違う。
それは、集団する若者、ひきこもりをする若者、新興宗教に傾倒する若者といった、現代社会で問題視される病的な若者の姿なのである。
丁度、集団自殺する若者を見て、何が不満だと自分が満足しているものを否定されたような物凄い不快感を感じるのと同じだ。
そして彼は、そういった若者の「象徴」であるからこそ、日本の社会は冷たく、むしろ彼が殺害された方が多くのこういった若者に対して「いいお灸」になると心の奥底では思っているからである。
我々の社会での彼に対する目線はそうだろう、しかし彼等の目線ではどうだろうか。
もし彼等が拘束者の身元を一定の判断材料に入れているのであれば(情報から彼をスパイだと疑う余地が無ければ)彼等は彼に対して我々同様、疑問に思うだろう。尋問しても返ってくる内容は「戦場が見たかった」「多くの人が死んでいる」「体で知らないと平和は語れないと思ったから」などという奇妙キテレツな言葉ばかりだろう。
そこに彼等が持つ思想と何処か共感されるものがあるならば
そこに彼等が「世界で最も危険な”テロリスト”」「凶悪犯罪者」と烙印を押されるものと何処か共感されるものがあるならば
我々と違う観点で強く彼に関心を持ち対話がなされる可能性がある。
その対話に彼にもし「世界で最も危険な”テロリスト”」と言われる人間に共感を齎すものがあれば、助かる余地はあるかもやしれない。
これは メッセージ 255762 (quality_coffee2 さん)への返信です.
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