今後のシミレーション5
投稿者: quality_coffee2 投稿日時: 2004/10/30 01:51 投稿番号: [251370 / 280993]
心理的な面を考えると、拘束者を殺害する効果は相手側(国民)に大きな精神的ダメージを与える事に意味がある。悲しみが大きければ大きい程、その効果は高く、同時に無差別に殺されているイラク人の立ち場を理解させる事が出来る。
また殺す相手も自分の命を大切だと考え死にたく無いと泣叫び、また国民も殺さないでくれと咽び無く相手の方が心理的に殺意が高まる。
例えば、韓国の青年の様に激しく泣叫べば、通常なら殺意が留まる様に思えるが、余計に相手の殺害欲求を高め、思考能力を低下させるのである。相手の悲鳴によって「ここまできたら殺らざる得ない」という義務感を与えてしまうのだ。
喩えはレベル的に違うが、苛めなどもそうだ、過剰に相手の感情に反応してしまったり怯えたり恐怖感を持つ姿勢だと、余計に相手は欲求が高まりエスカレートしていくのである。両者の狂暴性と恐怖が相乗効果になってしまうのだ。むちろん全く無抵抗で意志を失い相手に感情を支配されてしまうのも同様である。
相手と同調しない事が大切だ。
残虐衝動を起させない様に場の空気を逸らす事が重要だ、そういう「絵」を作らない事だ、それが出来上がると殺す側は殺す側としての役者になりきり、殺される側は殺される側の役者となりきり、それは両者の義務となり、悲惨なストーリの結末に向けて進む事になる。
私が映像を見る限り、この絵が出来上がっておらず、過激な文句と裏腹に両者の間に緊張感が無い。悲劇の彼は悲劇という役としての理解が足らなく、頭を掴まれて目を鬱陶しそうに目をチバチバさせたり、およそ殺される側の人間のそれではない。殺す側のそれもそれらしくない。
両者の間に役割が成立しておらず、お互いに「お前は何で?」「あなた何?」という滑稽な図となっている。
それは何故かと考えると、米国人や韓国人は彼等がどういう組織でどういう活動を行っており、どれくらい危険か充分に前認識があるので、彼等の役割を理解しているため、自分がどの立ち場でどの役割になるかを理解しているから、それらしく恐怖におののくのである。
しかし、彼は阿呆では無いかと呆れ返る程の認識不足で(あればそもそも渡航していない)しかも全く自分の立ち場をそもそもに理解していないのである。
滑稽すぎる程、滑稽に捕まってあたりまえなのに、1+1=2の算数のごとく、えらい事になるのは分かり切っているのに
「なんかわからないけれど、捕まっちゃった、えらいことになっている。」
というおよそ絵の中に相応しく無い、喜劇にもならない違和感のある存在なのだ。
悲劇の人物でなくてはならないのに
悲劇の人物になっていなく、舞台に存在意義が無い。
したがって、この舞台から役不足だと引きずり降ろされるであろう。
何故なら舞台で演じるアルカイダの役を著しく汚すからである。
非常に喩えが悪い感じがするが、彼等は観衆に見られ劇場の中にいる主役を演じる世界的に有名な名優なのである。
その役者としての役割の威厳を著しく汚す存在であり、ただちに舞台から引きずり降ろすべきだろう。
また殺す相手も自分の命を大切だと考え死にたく無いと泣叫び、また国民も殺さないでくれと咽び無く相手の方が心理的に殺意が高まる。
例えば、韓国の青年の様に激しく泣叫べば、通常なら殺意が留まる様に思えるが、余計に相手の殺害欲求を高め、思考能力を低下させるのである。相手の悲鳴によって「ここまできたら殺らざる得ない」という義務感を与えてしまうのだ。
喩えはレベル的に違うが、苛めなどもそうだ、過剰に相手の感情に反応してしまったり怯えたり恐怖感を持つ姿勢だと、余計に相手は欲求が高まりエスカレートしていくのである。両者の狂暴性と恐怖が相乗効果になってしまうのだ。むちろん全く無抵抗で意志を失い相手に感情を支配されてしまうのも同様である。
相手と同調しない事が大切だ。
残虐衝動を起させない様に場の空気を逸らす事が重要だ、そういう「絵」を作らない事だ、それが出来上がると殺す側は殺す側としての役者になりきり、殺される側は殺される側の役者となりきり、それは両者の義務となり、悲惨なストーリの結末に向けて進む事になる。
私が映像を見る限り、この絵が出来上がっておらず、過激な文句と裏腹に両者の間に緊張感が無い。悲劇の彼は悲劇という役としての理解が足らなく、頭を掴まれて目を鬱陶しそうに目をチバチバさせたり、およそ殺される側の人間のそれではない。殺す側のそれもそれらしくない。
両者の間に役割が成立しておらず、お互いに「お前は何で?」「あなた何?」という滑稽な図となっている。
それは何故かと考えると、米国人や韓国人は彼等がどういう組織でどういう活動を行っており、どれくらい危険か充分に前認識があるので、彼等の役割を理解しているため、自分がどの立ち場でどの役割になるかを理解しているから、それらしく恐怖におののくのである。
しかし、彼は阿呆では無いかと呆れ返る程の認識不足で(あればそもそも渡航していない)しかも全く自分の立ち場をそもそもに理解していないのである。
滑稽すぎる程、滑稽に捕まってあたりまえなのに、1+1=2の算数のごとく、えらい事になるのは分かり切っているのに
「なんかわからないけれど、捕まっちゃった、えらいことになっている。」
というおよそ絵の中に相応しく無い、喜劇にもならない違和感のある存在なのだ。
悲劇の人物でなくてはならないのに
悲劇の人物になっていなく、舞台に存在意義が無い。
したがって、この舞台から役不足だと引きずり降ろされるであろう。
何故なら舞台で演じるアルカイダの役を著しく汚すからである。
非常に喩えが悪い感じがするが、彼等は観衆に見られ劇場の中にいる主役を演じる世界的に有名な名優なのである。
その役者としての役割の威厳を著しく汚す存在であり、ただちに舞台から引きずり降ろすべきだろう。
これは メッセージ 251247 (quality_coffee2 さん)への返信です.
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