助かる可能性3
投稿者: quality_coffee2 投稿日時: 2004/10/29 00:40 投稿番号: [248384 / 280993]
それとこの前回、同様、否、それ以上の日本の彼に対する冷静且つ冷たい世論の処遇だ。
過剰に彼等を非難したり、殺さないでくれと泣叫んだりすれば、彼を殺せばそれだけの抗力を与える事が分かるが、ここまで冷静且つ冷たい世論を見れば、彼には何の価値も無い事が客観的に分かる。
むしろ、彼に同情してしまう程だろう。
例えば、前回のものなどは助けた聖職者が彼等が日本の世論では冷たい扱いをされているのを知って「イラクのためにまた来て下さい」と労りの言葉を出す程、気の毒そうにしていたし、米国ですら、その冷たい世論に同情的だった。
彼の立ち場を見れば、非常に哀れである。
その哀れさは、丁度、利用されるだけされて、幸福な世界から見捨てられた彼等の国の様だ。
恵まれた社会に生まれながらも、精神的に不幸でフラフラと戦地に現れた彼と彼等の中に拙い対話で通じ合うものがあるとすれば。
救われる余地もあるかもしれない。
それは彼が彼等に共感を与えるだけの理由があって、危険を顧みずそこに行ったか、そしてそれを伝えられるか、彼次第だろう。
両親などが恵まれていようとも精神的に不幸なこの若者の不幸を伝えられるかである。
ここらへんは、宗教者としての彼等の精神的なある部分にそれがどう受け止められるかによるが。
これは メッセージ 248297 (quality_coffee2 さん)への返信です.
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