理系と文系
投稿者: dochitebouya0001 投稿日時: 2004/10/01 01:57 投稿番号: [240381 / 280993]
今晩は。
最近のものだけでまだ全体には目を通せていませんが。
皆様の率直な論議・コメント、また、ロン様がご指摘されたような
掲示板の雰囲気など爽快感を感じます。
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take_the_rag_away 様や
golden_state_oyaji1 様のコメントを拝見しまして、
職種に関係なく、考え方が理系か文系かというのは
興味深いことだと思いました。
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友人に物理が好きだけれども文化系の勉強・仕事をしている人がいます。
その人いわく、
”社会問題解決を考えるにあたって、
自分は現実にある疑問点・問題点についてどうクリアするかを考える。
物理のクラスでは答えがすべてで自分はそいうタイプ。
けれど、文系の人達と一緒に社会問題について考えたり論議をすると、
「勧善懲悪」的切り口であることがポイントになってくる。
時と場合によっては、
被害者に当たる人が自分の問題点も見つめ
自立的になることでしか、
ある問題からは脱出できないこともあるわけですがそれには触れないのだそうです。
例えば、弱者と強者と言うのは相対的もので、
弱者と弱者が対立するしたときでも当てはまるものです。
しかし、この手の問題を考えるときに当事者の責任については度合いには関係なく素通りして、
取り巻く環境が悪いから(=悪人がいるから)、それを解決しなくてはならない。
という方向になりがちなのだそうです。
解決へのアプローチが異なるもの同士では、
議論が空論してしまうこともうなずけます。
このトピに沿って言えば、
元人質3人が、バッシング騒ぎの元となったサポート団体の問題点を直視して、
原因を探ること、
また、どのように自立するかが、
「多くの疑問の声」に対する答えにもなると思いますが、
彼らは、「運動への問題定義」をしても、決してそれをしない。と言うことでしょうか。
それではまた。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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