5>ジャミーラ高橋裁判記録
投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2004/09/28 21:06 投稿番号: [240185 / 280993]
こんばんは。
帰ってきました。まず、宿題を。
高遠さんの本より、医薬品、および、ジャミーラ女史との関係に注目。
まとめると、
● 度々イラクの病院に運び込んでいる医薬品は、NGOがアンマンで調達。
(国外から持ち込む必要があるのは、抗ガン剤と白血病の薬のみ)
● 拘束時、医薬品をもっていた様子が無い。
薬だけが焼かれた、というのは、誤報だったのでしょうか?
◎イラク訪問前 インド
「人間の楯」に参加しようか、とも考えていた。
だが、私は「人間の楯」としてイラクに入ることはなかった。
(瞑想センターの)瞑想コースへの参加が許可されたのである。
◎最初のイラク訪問
○ 2003年5月3日 バグダッド
昨日バグダッドに到着したジャミーラ高橋さんや、ジャーナリストの
常岡浩介氏たちと外食し、・・・
○5月12日 バスラ・サダム教育病院
ドクター・アリは、「イギリス軍は薬を送ってくれるし、イギリスの
NGOも白血病の薬を寄付してくれている」と証言する。
【イラク市民支援ネットワークの招聘で、度々来日しているジャワード・
アルアリ医師・・多分】
◎ 2度目のイラク訪問
○6月9日 バグダッド
(沖縄)平和市民連絡会の平良夏芽さん、島田正博さんのおかげでファルージャ、
ラマディの病院、その他の場所に薬やミルクを届けることができました!
【沖縄・平和市民連絡会の報告:5/29、アンマンで、抗生物質等を7500ドル分
買いつけ、他、ミルクなど。300万円の半分だけを薬等の物資に換えた。】
http://www.ne.jp/asahi/cyura/kiyoko/iraq030527.html
【「6月頭、協力してくれた日本のNGOの人と数百万円分の医療品を携えて、
再度バグダッドに入りました」・・日経ビジネスの記事】
◎3度目の訪問
○11月18日 アンマン
名古屋のNGOの方も六人ほど来ているらしく、これから、抗ガン剤やその他の
薬品を買いつけに行くそうです。
○11月22日 バグダッド
電化製品も日用品も、薬などもほとんどここで揃います。抗ガン剤や白血病の薬は
無理だけど、その他ならなんでも大丈夫なようです。
○11月25日 バグダッド
いま、私と一緒に行動している西村陽子さんは、「アラブの子どもとなかよく
する会」のメンバーです。
白血病やガンの薬は、いまのイラクでは手に入らないので、外国からの支援に
完全に頼っている状態です。支援をしているのは、日本のNGOがほとんどです。
彼女の持ってくる薬で、かろうじて命をつないでいる子どもたちがたくさん
います。これらの高額な薬の購入は、すべて日本の皆さんの募金によって
支えられています。
◎4度目
○ 2004年4月3日
西村陽子さんも元青年海外協力隊員で、ヨルダンに薬を買いつけに行ったとき、・・
(回想)
○4月6日
昨年の11月、12月・・・ラマディに住むイラク人の友人は、わざわざ迂回路を
通ってバグダッドまでやってきて、私に病院で必要とする薬のリクエストを手渡した。
今回もひょっとすると、私がファルージャに薬や物資を届ける役目を負うことに
なるかもしれない。
私は以前、NGOの方たちとアンマンから薬を運んでいる時に砂嵐に遭い、
間一髪、交通事故に巻きこまれそうになったことがある。薬を満載した
もう一台は、玉突き事故に巻きこまれて廃車になり、ドライバーは負傷し、
薬が道路に散乱した。
【沖縄・平和市民連絡会の報告:2003年5/30】
○4月7日 拘束されて
私たちは自分たちが、軍や政府とは関係なく独自に人道支援活動をする者と、
イラクの現状を伝えるフォトジャーナリストであると、必死になって説明する。
「(ファルージャの)その病院には何度も薬を運んでいます。
いえ、ファルージャだけでなく、ラマディの病院にも薬を運びました。」
(拘束犯)「残念ながら、それは確かめようがない」
【医薬品をもっていたなら、それを見せたらいい】
○4月14日 解放前日 スーツケース・バッグが戻ってきて
貴重品はすべて消えている。薬箱の冷えピタの袋の底に隠した現金もない。
パソコンも、買ったばかりのデジカメも、携帯電話も、友人用にと買った
時計や、アラビア語の電子辞書もない。
【医薬品のことは、まったく記載なし】
以上が本当なら、高遠さんや、登場するNGOの人は、ヨードとは無関係。
イラクで使われたのは事実。他に、誰が運んだのか?
薬を焼かれたのが誤報なら、どこからそんな情報が出たか?
高遠さんの大\xA4
帰ってきました。まず、宿題を。
高遠さんの本より、医薬品、および、ジャミーラ女史との関係に注目。
まとめると、
● 度々イラクの病院に運び込んでいる医薬品は、NGOがアンマンで調達。
(国外から持ち込む必要があるのは、抗ガン剤と白血病の薬のみ)
● 拘束時、医薬品をもっていた様子が無い。
薬だけが焼かれた、というのは、誤報だったのでしょうか?
◎イラク訪問前 インド
「人間の楯」に参加しようか、とも考えていた。
だが、私は「人間の楯」としてイラクに入ることはなかった。
(瞑想センターの)瞑想コースへの参加が許可されたのである。
◎最初のイラク訪問
○ 2003年5月3日 バグダッド
昨日バグダッドに到着したジャミーラ高橋さんや、ジャーナリストの
常岡浩介氏たちと外食し、・・・
○5月12日 バスラ・サダム教育病院
ドクター・アリは、「イギリス軍は薬を送ってくれるし、イギリスの
NGOも白血病の薬を寄付してくれている」と証言する。
【イラク市民支援ネットワークの招聘で、度々来日しているジャワード・
アルアリ医師・・多分】
◎ 2度目のイラク訪問
○6月9日 バグダッド
(沖縄)平和市民連絡会の平良夏芽さん、島田正博さんのおかげでファルージャ、
ラマディの病院、その他の場所に薬やミルクを届けることができました!
【沖縄・平和市民連絡会の報告:5/29、アンマンで、抗生物質等を7500ドル分
買いつけ、他、ミルクなど。300万円の半分だけを薬等の物資に換えた。】
http://www.ne.jp/asahi/cyura/kiyoko/iraq030527.html
【「6月頭、協力してくれた日本のNGOの人と数百万円分の医療品を携えて、
再度バグダッドに入りました」・・日経ビジネスの記事】
◎3度目の訪問
○11月18日 アンマン
名古屋のNGOの方も六人ほど来ているらしく、これから、抗ガン剤やその他の
薬品を買いつけに行くそうです。
○11月22日 バグダッド
電化製品も日用品も、薬などもほとんどここで揃います。抗ガン剤や白血病の薬は
無理だけど、その他ならなんでも大丈夫なようです。
○11月25日 バグダッド
いま、私と一緒に行動している西村陽子さんは、「アラブの子どもとなかよく
する会」のメンバーです。
白血病やガンの薬は、いまのイラクでは手に入らないので、外国からの支援に
完全に頼っている状態です。支援をしているのは、日本のNGOがほとんどです。
彼女の持ってくる薬で、かろうじて命をつないでいる子どもたちがたくさん
います。これらの高額な薬の購入は、すべて日本の皆さんの募金によって
支えられています。
◎4度目
○ 2004年4月3日
西村陽子さんも元青年海外協力隊員で、ヨルダンに薬を買いつけに行ったとき、・・
(回想)
○4月6日
昨年の11月、12月・・・ラマディに住むイラク人の友人は、わざわざ迂回路を
通ってバグダッドまでやってきて、私に病院で必要とする薬のリクエストを手渡した。
今回もひょっとすると、私がファルージャに薬や物資を届ける役目を負うことに
なるかもしれない。
私は以前、NGOの方たちとアンマンから薬を運んでいる時に砂嵐に遭い、
間一髪、交通事故に巻きこまれそうになったことがある。薬を満載した
もう一台は、玉突き事故に巻きこまれて廃車になり、ドライバーは負傷し、
薬が道路に散乱した。
【沖縄・平和市民連絡会の報告:2003年5/30】
○4月7日 拘束されて
私たちは自分たちが、軍や政府とは関係なく独自に人道支援活動をする者と、
イラクの現状を伝えるフォトジャーナリストであると、必死になって説明する。
「(ファルージャの)その病院には何度も薬を運んでいます。
いえ、ファルージャだけでなく、ラマディの病院にも薬を運びました。」
(拘束犯)「残念ながら、それは確かめようがない」
【医薬品をもっていたなら、それを見せたらいい】
○4月14日 解放前日 スーツケース・バッグが戻ってきて
貴重品はすべて消えている。薬箱の冷えピタの袋の底に隠した現金もない。
パソコンも、買ったばかりのデジカメも、携帯電話も、友人用にと買った
時計や、アラビア語の電子辞書もない。
【医薬品のことは、まったく記載なし】
以上が本当なら、高遠さんや、登場するNGOの人は、ヨードとは無関係。
イラクで使われたのは事実。他に、誰が運んだのか?
薬を焼かれたのが誤報なら、どこからそんな情報が出たか?
高遠さんの大\xA4
これは メッセージ 239991 (take_the_rag_away さん)への返信です.
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