シエラ殿>拡大解釈でようやっと
投稿者: daidoshoi 投稿日時: 2004/08/13 19:36 投稿番号: [230388 / 280993]
●>過去に遡れば、第9条が為しえたことは偉大です。
>また、その平和憲法が世界に与えた衝撃・支持者の存在も忘れてはならないと思います。
貴方ご自身が一つ前の投稿で仰っていた通り、実体としてはあくまで米国の庇護の下での「平和憲法」である、そして「9条が為しえたこと」というのもそうした状況下においてのものである、ということ。
そうしたことも一切踏まえた上で、現実に運用されている9条は「拡大解釈」されているものであるということ、何を考えるにしてもこの点を常に念頭に置いておく必要があろう、ということを申し上げている次第。
●>>「平和」とは、ただ空気のように存在しているものではなく、それぞれの国家が主体的かつ(国際紛争の解決能力も含めた全ての関係分野について)応分に責任を担い合い、維持する努力を続けなければ崩れてしまうものであろう。
>どの程度の軍備が必要だとお考えですか?
>今の国際情勢では半端な軍備などは邪魔なだけです。
>例えば、アメリカに対して。
>今は大気圏外からの監視や攻撃が可能ですから。
当方の意見からはかなり離れてしまわれているように思われるが、上記についてはもはや専門家に委ねねばならない領域であろう。
それでももし、この場にて軍備そのものついての議論をご要望であれば、それはそれで別途に進めて頂く方が宜しいのではなかろうか。
●>では、日本が担うべき責任とは?
>日本の経済力を狙った犯罪が多発しています。
>これらを取締り、テロリストや北朝鮮の資金源にならないように監視する方が、よほど責任を果たしていると思います。
以上についても無論、日本だけでなく他国も同様の性格の責任を担わねばならないし、またそれぞれの国内事情に応じて担ってもいることであろう。要はそれはそれ、ということである。
当方からは、他国に比して日本が担い得ていない分野・領域の話をさせて頂いている次第。
●>え〜っと、これは完全に憲法第9条の主旨から離れていますね。
それゆえ、どんなに「拡大解釈」したとしても、現行の9条ではそうした役割を担い得ないのであり、しかしそれでは国際社会の一員として如何なものであろうか、ということを申し上げている次第。
>戦争を始める時は「人命より尊いものがある」といい、
>戦争を終わらせる時は「人命より尊いものはない」という。
>これをどう思われますか?
何にせよ、「戦争」の可能性というものがこの世の現実として存在し続ける限り、それに対する責任も担い続けなければならないであろう、ということ。
●>どうやって、確実に認定するのですか?
その手続きを必要とする第9条はやはり偉大なのでは?
その(「拡大解釈」された)9条に沿って定められた法律の規定にある手続きに従って「認定」された上での話、ということを申し上げている次第。
またこのことは、9条が改定されて一定の条件下での「先制攻撃」を認めるような内容となっても同じである、ということ。
●>私は第9条の主旨を尊重するけれども、防衛に対する必要最小限の武装を認め、その必要最小限を法整備すべき、と思っております。
これこそが「拡大解釈」の領域での話しであり、一定の法整備も既になされ、現実において運用されてもいることである。そして、これはこれとして、その是非などについての様々な議論を重ね、更に最適なものとするように努力を重ねねばならないであろう。
>また、より議論されるべきは軍備ではなく、戦術はなく、戦略である、と思っています。
軍備も戦術も戦略も、それぞれ常に議論されなければならない事柄である。
以上。
>また、その平和憲法が世界に与えた衝撃・支持者の存在も忘れてはならないと思います。
貴方ご自身が一つ前の投稿で仰っていた通り、実体としてはあくまで米国の庇護の下での「平和憲法」である、そして「9条が為しえたこと」というのもそうした状況下においてのものである、ということ。
そうしたことも一切踏まえた上で、現実に運用されている9条は「拡大解釈」されているものであるということ、何を考えるにしてもこの点を常に念頭に置いておく必要があろう、ということを申し上げている次第。
●>>「平和」とは、ただ空気のように存在しているものではなく、それぞれの国家が主体的かつ(国際紛争の解決能力も含めた全ての関係分野について)応分に責任を担い合い、維持する努力を続けなければ崩れてしまうものであろう。
>どの程度の軍備が必要だとお考えですか?
>今の国際情勢では半端な軍備などは邪魔なだけです。
>例えば、アメリカに対して。
>今は大気圏外からの監視や攻撃が可能ですから。
当方の意見からはかなり離れてしまわれているように思われるが、上記についてはもはや専門家に委ねねばならない領域であろう。
それでももし、この場にて軍備そのものついての議論をご要望であれば、それはそれで別途に進めて頂く方が宜しいのではなかろうか。
●>では、日本が担うべき責任とは?
>日本の経済力を狙った犯罪が多発しています。
>これらを取締り、テロリストや北朝鮮の資金源にならないように監視する方が、よほど責任を果たしていると思います。
以上についても無論、日本だけでなく他国も同様の性格の責任を担わねばならないし、またそれぞれの国内事情に応じて担ってもいることであろう。要はそれはそれ、ということである。
当方からは、他国に比して日本が担い得ていない分野・領域の話をさせて頂いている次第。
●>え〜っと、これは完全に憲法第9条の主旨から離れていますね。
それゆえ、どんなに「拡大解釈」したとしても、現行の9条ではそうした役割を担い得ないのであり、しかしそれでは国際社会の一員として如何なものであろうか、ということを申し上げている次第。
>戦争を始める時は「人命より尊いものがある」といい、
>戦争を終わらせる時は「人命より尊いものはない」という。
>これをどう思われますか?
何にせよ、「戦争」の可能性というものがこの世の現実として存在し続ける限り、それに対する責任も担い続けなければならないであろう、ということ。
●>どうやって、確実に認定するのですか?
その手続きを必要とする第9条はやはり偉大なのでは?
その(「拡大解釈」された)9条に沿って定められた法律の規定にある手続きに従って「認定」された上での話、ということを申し上げている次第。
またこのことは、9条が改定されて一定の条件下での「先制攻撃」を認めるような内容となっても同じである、ということ。
●>私は第9条の主旨を尊重するけれども、防衛に対する必要最小限の武装を認め、その必要最小限を法整備すべき、と思っております。
これこそが「拡大解釈」の領域での話しであり、一定の法整備も既になされ、現実において運用されてもいることである。そして、これはこれとして、その是非などについての様々な議論を重ね、更に最適なものとするように努力を重ねねばならないであろう。
>また、より議論されるべきは軍備ではなく、戦術はなく、戦略である、と思っています。
軍備も戦術も戦略も、それぞれ常に議論されなければならない事柄である。
以上。
これは メッセージ 230378 (scheherazade_1000and1 さん)への返信です.
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