RE:>日本国憲法と国連憲章(2b)
投稿者: etranger3_01 投稿日時: 2004/08/11 17:13 投稿番号: [229653 / 280993]
ロンさん、3つ目の問題点を指摘します。
これについては憲法カテで散々話し合われているのですが、やはりこれは「自衛権放棄」の問題、すなわち国家主権にかかわることです。
> 【国際紛争】
>
> 国際紛争の解決の手段としては、国権の主動たる戦争行為は永遠に放棄する。
>
> まず第一に、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的機関又は地域的取極の利用その他平和的手段による解決を
> 求める。
>
> これによって解決しない場合は、国連に紛争の解決を付託する。
より話が具体的になってきますが、国連などの国際機関の欠点を考慮しながらもそのような国際機関に紛争の解決を付託する場合、これはその国際機関の権威に委ねるということですので、その決定に従う場合に、国連憲章第7章のような強制力が生じます。この場合は、司法権、警察権、軍事的指揮権などを含むさまざまな主権を放棄することが前提となります。独立放置国家として、そのような事態を受け入れることができるでしょうか?また日本国民は“本当に”内政干渉などの主権侵害も承知の上で、国際機関に自らの命運を託すことができるでしょうか?
国家主権とは、マイクロなレベルで国家を人として考えればいわゆる「人格」のようなものです。この「人格」を成すさまざまな権利を「人権」と呼びます。つまり、人という人格を持つからこそ人権が認められるということです。マクロなレベルでは、国家というものも、国家としての基本構造を持つからこそ不可侵な国家主権というものが認められます。その1つが自衛権です。人格的にいえば、「正当防衛」ですね。
人は自分から正当防衛の権利を奪われたらどうなるでしょう?
自らのことを自分で決める権利(マクロ:内政干渉)をなくしてしまったら、どうなるでしょうか?
何が正義で何が不正か、その倫理を定義づける法まで無視されてしまったら、人は何によって庇護を受ければいいのでしょうか?
国際機関による決定というものが、すべてこのような不可侵な基本的権利を奪うものになるとは限りません。しかし、その危険性はあります。そのリスクを、憲法で明文化して国民に了解させることができると思いますか?
貴方の考えは、“国際機関は善なるもの”という考えに依拠しているように思われます。これが、最大の問題点なんです。現実的なリスクを考慮しない国際関係はあり得ません。この現実感覚が、「国際機関に付託する」という行為には感じられないのです。
これは メッセージ 229612 (lonlontimago さん)への返信です.
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