禎子(さだこ)さんが生きた4675日
投稿者: pattsy_mint_1010t 投稿日時: 2004/08/07 01:19 投稿番号: [228300 / 280993]
やはりトピずれです。
興味のない方はスルーして下さい。
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/virtual/VirtualMuseum_j/exhibit/exh0107/exh01071.html◆一人の被爆少女(ひばくしょうじょ)の死−佐々木禎子(ささきさだこ)さん12歳(さい)
1955(昭和30)年秋、一人の少女が亡(な)くなりました。
被爆(ひばく)から10年後でした。
そのころ広島には活気が戻(もど)っていました。
しかし復興の陰(かげ)で、
被爆(ひばく)の傷(きず)はまだ色濃(いろこ)く残っていました。
◆禎子(さだこ)さんが生きた4675日
佐々木禎子(ささきさだこ)さんは1943(昭和18)年に生まれ、2歳(さい)の時に被爆(ひばく)しました。
運動の得意な元気な少女に成長しましたが、被爆(ひばく)から10年後に突然(とつぜん)
白血病であると診断(しんだん)され入院しました。
千羽鶴(せんばづる)がお見舞(みま)いに贈(おく)られたことをきっかけに、
「生きたい」という願いを込(こ)めて折り鶴(づる)を折り始めます。
8カ月の入院生活の末、家族が見守る中亡(な)くなりました。
昨夜の投稿では、この禎子さん自身がどんな人か見えないと思い、生い立ちからお亡くなりになるまでのことが書かれた部分を再び紹介させて頂きました。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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