イラクで日本人拘束

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> sesamikaruさん>学生運動

投稿者: cardockjp 投稿日時: 2004/07/24 02:47 投稿番号: [221689 / 280993]
こんばんは。ご無沙汰ですね。

>その彼らは、日米安保条約の改定を阻止することで、いや、日米安保条約を
>廃棄することで、どんな未来を作るべきだと考えていたのでしょうか?

私、当時現役ですので証言しますね。
(飽く迄、私の場合ですが)

私は高校に入ったら直ぐに、社会科学研究会(俗に社研と申しました)に入りました。
私は中学生の頃から朝鮮人や被差別部落の友人が居り、
その置かれた立場を知っていました。
それらをどうすれば良いのか真剣に考えている人間が当時廻りに居なかったからです。

社研には相互にメンバーがかなり重複する存在として
部落問題研究会(ブラ研)があり、どうしても民青の人間が多かったです。
(京都は特にそうでした)
私達で教師に働きかけ、全校生徒を動員して、「校内討論集会」を数回行いました。
(元々その企画は民青の「全国討論集会」から来ていた物でしたが)

自分のクラスの友達等は、「集会に来て呉れ」「話を聞いて、意見を言って呉れ」等呼び掛けても、煩そうにしておりました。
校門でのビラ配り等も同様で、9割以上の生徒が無関心だったです。

この頃、東大で一人の生徒の退学処分を巡って生徒側と教授陣が対立し、「全学共闘会議」が「大学の民主化」を謳って東大を封鎖したのを皮切りに、国立大学が片っ端から封鎖体制に入りました。

(当時の私には「学校の民主化」は素晴らしく斬新な言葉に感じました。)

そんなある日、社研のミーティングに「中核」のヘルメットを被った数人が現れ、「論争の時は過ぎた!」「明朝、学校を封鎖するので手伝え!」と言い出しました。
「革命」など考えた事も無かった私は訳が判らず、話を聞いている内に喧嘩になり、相手は木刀や角材を持っていてみんなボコボコにやられました。

次の日の朝、学校はバリケード封鎖されていました。
全国の高校で初めての封鎖だったので、マスコミが押し寄せました。
(当時生徒会長だった私は、それ以後四六時中私服刑事が付き纏う身になりました。)
バリケードは即日撤去され、数人の生徒が逮捕されて一件は落着しました。

それに触発されてから生徒が全員変わりました。
連日、学校の全ての場所で激しい討論が行われていました。
(私もそれ以後、「唯物論入門」「弁証法」「資本論」「毛沢東語録」など、片っ端から読みました。)

私はスターリン支持を謳う「中核」が嫌いで、反スターリンだった「FL」の緑のヘルメットを被りました。
そして本気で「社会主義革命」を目指していました。
学校では「フロント」は私一人でした。それで他校の高校生や大学生らと活動しました。
殆どの大学が封鎖されているので、どこも大抵フリーパスでした。
殆どの学生が大学で寝泊りしていました。

(「社会に出てしまった人間は否応無しに現状の追認をしなくてはならない。それは体制の補強をする物でしか無い。学生のみが革命理論を実践出来る」と云ったのは確か毛沢東(?)だったと思うけど、これは学生全員の思いでした。)

うちの高校でも、「経理の全面公開」「学校の民主化」を要求して校長以下の教師全員が生徒に「自己批判しろ!」と吊るし上げられ、教師は殆ど学校に来なくなり、学校は「全校封鎖」は無くともクラス単位で殆ど全てが「クラス封鎖」され、もはや学校は解放区でした。

ある日、校長が「機動隊の導入」を決行し、封鎖騒ぎは沈静化しました。
主だった生徒は殆ど退学処分になり(私も)、3年生は出席もしていないのに「卒業」させられ(?)ました。

「ベトナム戦争反対!」
「米国の侵略戦争に加担する佐藤内閣打倒!」
「米国の横暴を支援する日米安保粉砕!」
こんな「アジ看板」が学校のみならず街のそこら中に出ていました。

殆どの学生は全国のデモに出かけて行き、機動隊の恐ろしさを体験しました。
機動隊の暴力と、留置場の扱いに因って不具者になった人間も数人知っています。

殆どのセクトが「マルクス・レーニン主義」を謳い文句にしていました。
論戦では常に「民青」や「日共」には圧勝しましたね。

私にとっては、生徒達が自分の事以外無関心なよりはずっと良い状態だと思っていました。

しかし、それ以後学校の選抜試験は厳しくなり、素行調査も強化され、学則も厳しくなって行きます。
丁度、中国の天安門事件の後の様に。

国民に理解されようとは思って居なかった。
我等「先鋒」が革命を達成出来ると思っていた。

それを「これは違う!」と気付くのに、私は長い時間が掛かりました。
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