琥珀も潜入?レポート4
投稿者: shippou_kohaku 投稿日時: 2004/07/23 21:19 投稿番号: [221504 / 280993]
スレイマンさんのお話にいこうと思いましたが
先に高遠さんのストリートチルド連の活動について追加報告いたします。
私も今まで、彼女はボーイズしか支援してこなかったと思っておりましたが
子ども・お年寄り・女性は援助の手が先に届くために
彼女の世話していたボーイズ達が支援の手から漏れてしまい、
道で暴れたりしてしまうために段々と皆の手に負えなくなってきてしまい
高遠さんが率先して支援する事(担当)になったとのことでした。
すべてを信じるには、私自身時間がかかってしまうと思いますが
少なくとも今までと違った目で高遠さんの活動記録を見るようになると思います。
さて、スレイマンさんのお話ですが、
最初にイラクで亡くなった方々に対する黙祷を呼びかけられ
「一般のイラク人として発言します」というような事をおっしゃり、
日本人は沢山来てイラクのために働いてくれたので
ナホコのような民間人も含めてすべてが大使である。
ナホコが拘束されたニュースを知った時にナホコを知っている人は皆驚いた。
すぐに対策を立てるために、バグダットのインターネットカフェを拠点にした。
1週間ほど使わせてもらったが、店主は料金を受け取らなかった。
ストリートチルドレンは皆泣いていて、
拘束された地であるファルージャに行きたがった。
と、当時の様子を話してくださいました。
スレイマンさんは3日前(現在で4日前)にバグダットを出発したけれど
家族が心配なので一刻も早く帰りたい,と言っておられました。
また、失業率が50%以上のため、多くの家が無収入であり、
貧困(飢え)や恐怖により罪を犯しやすくなってしまっているけれど
犯罪率は下がってきている事、
電気が不足しているので日中45度を越す気温の中、どうやって赤ちゃんが暮らせというのでしょう、と
訴えておられ、日本にできる役割として、
医療面での不足を補って欲しい(薬・施設・ドクターなど)ことや
トレーニングセンターを造って、スキルを身に付け収入がアップするように
支援して欲しい、という事も話され
アラブ・ホープ・ネットワークの活動にぜひ参加して欲しい、と訴えておられました。
トレーニングセンターでは、3ヶ月ほど技術を学び、
社会に出て収入を得られるように、と造られるもので、
学んでいる間も給料が支払われ、将来の労働力を育成する、という事です。
そしてそのセンターを設立するための窓口として
「アラブ・ホープ〜」を設立するそうです。
チョコレート一枚(分のお金、という事でしょうか)を
毎日ナホコに渡して欲しい。
それ(恐らく募金だと思います)が集まって、センターができる
ともおっしゃっていました。
ここから私見ですが、
最初の黙祷では、私もふなこさま同様自然に立ち上がっておりました。
私は英語は苦手ですが、通訳をされる前から立ち上がっていた気がいたします。
淡々と語られる口調と裏腹の内容であったのですが、
(通訳を介してですが)とても胸に訴えかけてくるものを感じました。
家族が心配だが、イラクの現状を知ってもらいたい、という思いが強いので
この後も数件の講演等をなさるそうです。
やはり、一番心が痛んだのが、
(ナホコがなくけれど、私がなかないのはどうしてだと思いますか?)
「私達は35年苦しみ続けてきたから、もう涙は枯れているのです」と、
ごく普通の口調で告げられた時でした。
理屈ではない涙が込み上げて来てしまいました。
先に高遠さんのストリートチルド連の活動について追加報告いたします。
私も今まで、彼女はボーイズしか支援してこなかったと思っておりましたが
子ども・お年寄り・女性は援助の手が先に届くために
彼女の世話していたボーイズ達が支援の手から漏れてしまい、
道で暴れたりしてしまうために段々と皆の手に負えなくなってきてしまい
高遠さんが率先して支援する事(担当)になったとのことでした。
すべてを信じるには、私自身時間がかかってしまうと思いますが
少なくとも今までと違った目で高遠さんの活動記録を見るようになると思います。
さて、スレイマンさんのお話ですが、
最初にイラクで亡くなった方々に対する黙祷を呼びかけられ
「一般のイラク人として発言します」というような事をおっしゃり、
日本人は沢山来てイラクのために働いてくれたので
ナホコのような民間人も含めてすべてが大使である。
ナホコが拘束されたニュースを知った時にナホコを知っている人は皆驚いた。
すぐに対策を立てるために、バグダットのインターネットカフェを拠点にした。
1週間ほど使わせてもらったが、店主は料金を受け取らなかった。
ストリートチルドレンは皆泣いていて、
拘束された地であるファルージャに行きたがった。
と、当時の様子を話してくださいました。
スレイマンさんは3日前(現在で4日前)にバグダットを出発したけれど
家族が心配なので一刻も早く帰りたい,と言っておられました。
また、失業率が50%以上のため、多くの家が無収入であり、
貧困(飢え)や恐怖により罪を犯しやすくなってしまっているけれど
犯罪率は下がってきている事、
電気が不足しているので日中45度を越す気温の中、どうやって赤ちゃんが暮らせというのでしょう、と
訴えておられ、日本にできる役割として、
医療面での不足を補って欲しい(薬・施設・ドクターなど)ことや
トレーニングセンターを造って、スキルを身に付け収入がアップするように
支援して欲しい、という事も話され
アラブ・ホープ・ネットワークの活動にぜひ参加して欲しい、と訴えておられました。
トレーニングセンターでは、3ヶ月ほど技術を学び、
社会に出て収入を得られるように、と造られるもので、
学んでいる間も給料が支払われ、将来の労働力を育成する、という事です。
そしてそのセンターを設立するための窓口として
「アラブ・ホープ〜」を設立するそうです。
チョコレート一枚(分のお金、という事でしょうか)を
毎日ナホコに渡して欲しい。
それ(恐らく募金だと思います)が集まって、センターができる
ともおっしゃっていました。
ここから私見ですが、
最初の黙祷では、私もふなこさま同様自然に立ち上がっておりました。
私は英語は苦手ですが、通訳をされる前から立ち上がっていた気がいたします。
淡々と語られる口調と裏腹の内容であったのですが、
(通訳を介してですが)とても胸に訴えかけてくるものを感じました。
家族が心配だが、イラクの現状を知ってもらいたい、という思いが強いので
この後も数件の講演等をなさるそうです。
やはり、一番心が痛んだのが、
(ナホコがなくけれど、私がなかないのはどうしてだと思いますか?)
「私達は35年苦しみ続けてきたから、もう涙は枯れているのです」と、
ごく普通の口調で告げられた時でした。
理屈ではない涙が込み上げて来てしまいました。
これは メッセージ 221473 (shippou_kohaku さん)への返信です.
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