イラクで日本人拘束

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琥珀も潜入?レポート2

投稿者: shippou_kohaku 投稿日時: 2004/07/23 19:41 投稿番号: [221456 / 280993]
みなさまこんにちは。
お昼にふなこさまのレポートに勝手に追加させていただいたので
いきなり2から始まります。

今井氏の挨拶に続き、田保寿一(たぼじゅいち)氏が
「ジャーナリストからのイラク報告」と言うことでお話をされました。
プロフィールによると、ザスクープのスタッフとしてクウェートを取材し
当初イラク軍が原油を流出させたため、となっていた事件は、
実は米軍の空爆が原因で水鳥が原油まみれになったのが真相だった、と
まさに「スクープ」なさった方だそうです。

田保氏は主に、いかにイラクの人達が苦しんできたのか、
という部分に重点を置いて、ビデオ等を交えて報告されていました。

当初の反米感情はふなこさまのご報告にもありましたように
風習や考え方の違いからのものだったようですが
女性・子どもを大切にするイラクで、米軍は平気でバッグの中を
無造作に確認する、ということを道端で行っていたようです。
次第に、若者を中心に抗議集会等が開かれるようになり、
ミサイルを運ぶトラックを襲う
ドラム缶に爆薬を詰めて道に置き、アメリカ軍を狙う
というようにエスカレートして行き、それにアメリカ軍がまた反撃をする
という、悪循環になっていった、との事でした。

主に、アメリカ軍がいかに非道なことをしてきたか、というお話が中心で、

住民を片っ端から連行(頭から袋をかぶせて)
家の中を突然捜索
ということを日常的に行い、何ら事件と無関係の人々でも
ミナアブグレイブに送られた

とおっしゃっていました。

ファルージャにはモスクが沢山あるため
亡くなられた方々がどんどん運び込まれてくるために
段々と平和希求の象徴的な存在となったようです。

イラクの人々の動きとしては、

1月にはムジャヒディンの軍隊を作っていると言っていた。
3月19日にファルージャに行った時には特に危険を感じなかったのに
26日に行った時には地元の人々から『何しに来たんだ』
『とんでもない所に来てしまった。すぐに帰れ』
と言われるほどの緊張状態になった。
直後にアメリカの方のご遺体が橋に吊るされる事件があった。
その後はサドルシティ、ナジャフの住宅密集地に
次々とアメリカ軍の戦車やヘリコプター、爆撃機等が来て
いわゆる米軍の占領状態になっていった。

ということでした。

アメリカ軍は昼間はあまり攻撃(反撃)しないが
夜になると、暑いために屋上に出て寝ている住民を狙って攻撃を仕掛けてきた。

怪我をした人を病院に運びたくても、車を通してくれないために
またそこで小競り合いが起こったりしたことも日常的にあった

というような状況も説明されていました。


ここから私見ですが…

私には、苦しい呼吸の下で、ガーゼを当てられた怪我の部分を
怪我をされているご本人の手を借りてまで執拗に写そうとなさっていたのは、
私の中での「ジャーナリスト」とは少し違うと思ってしまいました。
こういう事が『現実を伝える』事だとは、私には思えませんでした。
(なお、そのビデオをお撮りになったのが田保氏だったかは、メモにありませんでした)


3へ続く
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