dochitebouya0001 さん
投稿者: fuyusonape 投稿日時: 2004/07/22 10:28 投稿番号: [220982 / 280993]
おはようございます。(そちらが夜でしたらこんばんは)
とても貴重な御意見ありがとうございました。
>国や東京都の判断は、
反対派が行政の代理でもある校長個人を追い込まないように、
対立の構図を「都対反対派」にシフトするためなのではないでしょうか。
かも知れませんね。だとしても公権力が個人の信条にまで規制をかけようと言う意図が根底にあると思います。それが私達の「社会のあり方」として正しいのでしょうか。私はやはり間違っていると思います。
抑圧の度合いを言えば確かに北朝鮮とは違いますが、根底にある「国民を同じ方向に向かせよう」という思想は共通です。
>国政問題の争い事は学校に持ち込まないほうがより平和だと思います。
まったく同感です。であればこそ、国民の中に様々な議論があって賛成派・反対派がかなり拮抗している問題を、国会の多数派が可決したからと言って国民に強制しようと言うのは間違っています。
国旗・国歌と言うものは、やはり国民がある程度自発的に敬意を払い、愛唱するべきものです。処分を恐れたり失職など生活権を脅かされてまで唄うものではないでしょう。「自発的に唄う人を侮辱するような行為さえしなければ御自由にどうぞ」で良いと思います。
私は教育の現場に於いて公立学校教師を「国家公務員」とひとくくりで「国のあらゆる行政を推進する一員であるべき」とは考えません。また行政における「教育」もその基本は学校にばかりあるのではなく、家庭や地域社会にもあると考えます。むしろ「勉強」や「集団生活」以外の「教育」は学校外の方に比重が大きいと思います。
国家公務員は「行政府に雇われている」のではありません。行政府に付託した「国民に雇われている」のです。ですから公務員であっても一人の国民として憲法に保証された「思想信条の自由」を持ち、【行政の側でなく国民の側を向いて誠実に職責を果たすべき】であると思います。教師は賛否両論がある事象についてはどちらか一方に組みすることなく、そのありのままを教える(正確に言えば「提示する」)べきであると思うのです。
長々とごめんなさい。
これは メッセージ 220956 (dochitebouya0001 さん)への返信です.
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