イラクで日本人拘束

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拘束された豪州女性の手紙No.8-3

投稿者: amadeusdus 投稿日時: 2004/07/08 23:59 投稿番号: [212978 / 280993]
私たちのアパートに戻ると――友人たちは気も狂わんばかりに喜んだ。私たち
の失踪を当局に知らせようとしているところだったのだ。

アパートに着いて座ったときに初めて、すべてが終わったという実感がわい
た。私たちは、4人だけで座って、抱き合い、泣きだし、おしゃべりをし、
笑った。

私たちにとっては苦難の終わりだった。しかし、そうしているどの瞬間にも、
ファルージャにいる何千ものイラク人には、新たな苦難が始まっているのだ
――母親が狙撃兵に撃たれ、家を爆撃され、子供が手足を失い …

私たちの帰還のあと、何日かのあいだ、私のしたことに対して批判があった。
危機にある人々を助けるためにファルージャに行ったことに対して、である。

オーストラリア首相は、私のことを、「無謀」で、「ばかな」、「無責任」な
人間だと言った。

奇妙だ、私がファルージャの診療所でけが人を助けたとき、私が経験した感じ
は「無謀」というものではない。

私たちが医薬品を救急車に満載したとき、「ばかな」こととは思いもよらな
かった。

流血の無意味な暴力から逃れようとする何百人もの人々の安全な通り道を要求
して、私たちが交渉したときも、どんな意味でも「無責任」とは思わなかっ
た。

危機にある人を慰め、平和のメッセージを伝達し、メディア不在の状況にある
現地から真実を伝えること …すまないが、これがばかなことだとは今も思わ
ない。

紛争相手でもない国を侵略すること。私なら、これをばかなことと呼ぶ。

自国民のためになるような自主的な外交政策を立てるのでなく、攻撃的な超大
国の外交政策に従うこと。私なら、これを無謀なことと呼ぶ。

罪もない人々に対する戦争に参加し、それらの人々も世界中の人々も傷つけ、
恨みを残して、自国民を危険にさらすこと、私なら、これを無責任なことと呼
ぶ。

私は、命は神聖なものだという教えに従う。すべての命がである。それは、
「私の隣人を愛する」ことを私に求める、たとえどの国の隣人でも。それは、
親切な行為に国境はないと教えている。正義を生き、慈悲を愛すことである。

ファルージャに行くにあたって、私は、自分の信念に従うに際し「真実」であ
ろうとした。私はただ、自分が呼ばれるところのものであろうとしたのであ
る。人間的であること、そしてこの人間性を人々と分かち合うこと。それがす
べてだ。

どうしてこれが誰かにとって脅威になるのだろう?

あなたの巡礼者より

ドナ

追伸:「自分の判断を放棄することには、なにか不道徳なものがある」
――映画「13デイズ」より   ジョン・F・ケネディー
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