>なぜアメリカの責任を追及しないのか
投稿者: sesa_mikar 投稿日時: 2004/06/29 20:15 投稿番号: [208885 / 280993]
M_Keithさん、こんにちは。亀レスです。
>一般的に、日本の反戦運動に対しては、あれだけの空襲を受けて
>おきながら(アメリカから見れば空爆しておきながら)、なぜ
>アメリカを非難したりアメリカの責任を追及せずに、日本の軍部
>ばかり非難するのかという疑問を私は持っています。
これなんですが、日本の“反戦運動”の基点が日本国憲法第9条であり
アメリカに与えられた価値観から出発していることが、要因の一つだと
私は思います。
日本が連合国に降伏すると、日本軍の完全な武装解除が実施されると、
連合国軍総司令部(GHQ)は日本政府との約束を違え、日本政府の上
に君臨するようになります。
これ以降、GHQの命令は絶対とされ、GHQ民生局による日本社会の
改造が強力に進められていくのですが、この時に用いられたレトリック
(実質はプロパガンダ)が
「日本国民は、軍国主義者によって戦争への道を強制された犠牲者だ」
「連合軍は、日本国民を軍国主義者から解放した」
「軍国主義は、日本を戦争に導いた絶対悪である」
というもの。
そして報道機関は厳しく検閲され、学校教育ともども上で述べた価値観
を日本人に刷り込む役目を課されます。
この時に作られた規約“プレスコード”は、今でも各報道機関を律して
います。
戦争突入に軍部以上の役目を果たした日本のマスコミは、戦後は一転、
GHQの走狗として機能することで、自分達の戦争責任をごまかすこと
に成功したのです。
このキャンペーンに乗った日本人は、自らの戦争責任を問わずに済んだ
ためか、一種異様なほど、連合軍総司令官マッカーサー元帥やアメリカ
そのものに擦り寄るようになります。
その辺りは『マッカーサーへの手紙』に詳しいのですが、まさに政府や
天皇に変わって、ダグラス・マッカーサーが「お上」になったのです。
そのマッカーサーから与えられた価値観「アメリカ的民主主義」が今の
“反戦運動”の考え方の根底にある以上、彼らの主張がアメリカの主張
「アメリカの遂行した太平洋戦争は正義の戦争だった」
「明治以来の日本が遂行した戦争は、全て侵略戦争だった」
「東京大空襲や広島・長崎の原爆被害は、戦争を終わらせるためのやむ
を得ないものだった」
「日本を戦争に導いたのは一握りの軍国主義者であり、彼らを断罪する
極東軍事裁判は正義の裁判であった」
から脱却できないのはむしろ当然でしょう。
これは メッセージ 206282 (M_Keith さん)への返信です.
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