イラクで日本人拘束

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戦争は常に悲劇を呼ぶ

投稿者: wintrip_02 投稿日時: 2004/06/24 20:28 投稿番号: [206472 / 280993]
大田昌秀 参議院議員・前沖縄県知事・元鉄血勤皇隊 -歴史群像2002.2

鉄血勤皇隊千早隊(情報宣伝部隊-前線の各部隊や住民に大本営発表や戦況を伝える)に所属して昭和20年10月投降

信じられない光景を、度々目撃しました。守備隊の兵隊たちはガマ(天然洞窟)や住民が掘った壕から、行き場のない人たち追い出すんです。米軍が上陸するまで長勇参謀長は『敵は一兵たりとも上陸させない。』と言い、兵隊たちもそういってました。それが『軍は戦い続けねばならないから、壕は兵隊か使う』と銃を突きつけてお年寄りや子ども連れを、生身で砲爆撃の前に放り出している。『食料を出さねば殺す』と脅して蓄えていた米を奪ったりもしていました。それまで『無敵皇軍』を信じていた私には信じられないことでした。
つねづね将兵は『おまえたちを守るために来ているんだから協力しろ』と県民にいい、食料の供出や陣地や飛行場の建設にみな力を尽くしてきました。それがこの仕打ちですから。
中略・・・・・」
大本営が32軍に課した任務は、本土決戦の樹品美のためただひたすら戦い続け、時間を稼ぐこと。ゆえに軍は首里の複郭陣地を捨てて、洞窟一つ一つに依って抗戦を継続すべし、としていた。その結果住民は、故郷で友軍に殺されるという惨劇にさらされる。
名高い"戦略時給"の実態は、兵が民を食らい生き延びることに過ぎなかったのだ。

「大言壮語するものに限り、いざというときはどんな卑怯なこともすると、このとき身にしみました。ある壕では米軍に囲まれ、一緒にいた兵隊が『やっつけてくる』と出ていったことがありました。本当はそのままだと火炎放射器か手榴弾でやられるから、逃げただけです。ほとんど出たところで撃たれ、一人だけ重症を負いながら戻ってきた。『貴様らの故郷だから、貴様らが先頭に立って戦え』と威張っていた男が『学生さん預金通帳をあげるから安全な場所に運んでくれ』とすがりついてくる。

一緒にいた白井という大学での兵長がいましたが、兵隊らしからぬ温厚な方だった。いつも英和辞典を持ち歩いていました。

他の兵隊は徹底抗戦を訴えました。でも白井兵長が初めて大声を出し『もう日本は負けている。生き延びて復興に力を尽くすべきだ』と強く訴えて交渉をまとめたんです。
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