被爆者の親族として
投稿者: pattsy_mint_1010t 投稿日時: 2004/06/20 05:14 投稿番号: [204197 / 280993]
核武装には反対。
核兵器を持つことを主張する人々には、自分が、或は自分の身内や大切に思う人々が、その核兵器の犠牲者となるという発想が欠けていると思う。
あたかも交通事故にでも遭うかの感覚で、もし核兵器の攻撃を受けて犠牲者となった人々に対しても「運が悪かった」とか「お気の毒」とか、そういう他人事のようにしか捉えられないのではないかという気がする。
思い起こせば、サリン事件の犠牲者や、その家族の方々に対して、事件直後は多くの人が同情や怒りを覚えていたことでしょう。しかしながら、自分の身内、知人の中に被害者がいない場合は日々に自分の問題という感覚は失われていくもので、それは仕方のないことかもしれません。
一方で、被害者やその身内の方々の苦しみは、今も続いている・・・。
核兵器というものは、あの原爆の何百倍もの殺傷能力を持つというではありませんか。
抑止力のためと言いますが、冷戦時代にどれだけスクランブル・・・全面核戦争すれすれになったことがあるか、全ては私たちの知らない所でなんとか治まっていたわけで、「核戦争は絶対にありえない」という感覚は甘い。
人間がみな聖人君子だったなら・・・それこそ有り得ない話。
死ぬことも生きることも苦しみとなるような、多くの人々の生活と環境を破壊し、修復し難い深い傷を負わせる兵器の存在を、私は認めない、断固として。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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