長崎小6事件を考える(1)
投稿者: weary100jp 投稿日時: 2004/06/13 00:04 投稿番号: [200440 / 280993]
(1)
「供述をいくら聞いても、トラブルの程度と犯行の重大性が結びつかない」
・・・しきりに首をかしげる。
幼い容姿、話しぶりから考えても・・・残虐な・・・
ホームページに書いた詩を読んだ。地球環境や生命を大事にしようという内容だった。なぜ他人の命を貴ぶことに思い至らなかったのかといぶかる〜
弁護士は「心中には、大人には理解できない複雑な世界が潜んでいるようだ。〜
内面を知る必要がある」と話す。
5、6年生数人が事件後、ストレスなどを理由に欠席している。
教諭も当分、教壇には立てない状態。「子供たちとどう接触すればいいのかわからない」
女児は「同級生に仲間外れにされた」と両親に訴えた。そのころからホームページへの書き込み内容が荒れ始める。
***************************************************************
たしかに大変な事が起こってしまいました。さすがに内容の解釈には悩む所です。
見ている側としても“この事はあくまでも客観的に冷徹に事実が解明されて行かなくてはならない”とは思いますがどうしても感情的な思いが先にたってしまいます。女児(加害女児)と被害女児が未だ小さな子供だけにどちらに対しても思わず可哀想だとしか言いようがありません。そして世の中では驚きの後に理解できないわからないなどの言葉が飛び交い混乱の後にやはり気が狂っている様だと繋ぐしかないありさまのようです。そこから興味の向かう先は集中的に今後の女児への処遇は?・・となるのでしょうか。大人ならば納得の対象として量刑が有るのでしょうが・・・しかしこの場合は違う。そして何より重要なのは。この場合どう処理されたかと言う事だけでは問題解決にはならないと言う事です。
そこで そもそもそれ程に解らないことならば敢えておもいきり視点を変えて自分なりにあれこれ思い当たる事などを拾い集めながらまずは考えてみました。いくらあれこれ思いついたことを並べても決して結論に辿り着けるとは限りませんしヒントにも役にも立たないかも知れない。事が事だけに間違った部分やとっぴな事も有るでしょうが、しかしまじに考えずにはいられない。
先ず最初に思う事はこの事件はネットが原因ではないと言う事です。何故ならネットが危険であるという事が分かっているなら対策は簡単でPCを片付けてしまえば良いだけの事だからです。どう対処するかになれば結局マナー教育と言う事を自然に行うでしょうそれがその証拠です。つまり人格の問題ですあるいはネットトラブルを起こす人は未成熟だと言う事です。極めて簡単な事です。自らの友人とのやり取りを考えてもその事を感じます。とりわけ今回の事件はもっと人間の本質的なところに問題があると思います。ネットは単なる道具に過ぎませんそしてそれを使うのは人間です。だから事件の本質はもっと他の所にあると言う事です。
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*逆に女児は気が狂っていたわけではなかった。必ず原因があって最も考えられる事は環境的な条件が大きく関与していた。と仮定した場合どのような推論が出てくるのか?
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これまでの話では5年生の頃から目立ち始めた。するとそれまでは何の変わりも無かったと言うことに考えを固定した場合はそこで発狂したと言う可能性は少ないと言う事です。フロイトさんの話では“ある人が何かの事件等をきっかけに精神に衝撃を受けてまさに発狂したとしても、発狂が事実である事が分かった事に過ぎず肝心なスタート時期は事件当時ではない”いつなのかと言えばそれはずっと前の成長期の幼児期に近い頃から発病していると言うのですね。もちろん“それまでの間を良く見ていないと周囲は気が付かない時がある”とも言っていますからその場合は女児の発狂の可能性もある訳ですけれどねぇ。厳密には幼少期までの調査結果を待つ必要が有る訳ですからとりあえずこの部分は置いて仮定に戻りますね。
長崎小6事件を考える(2)に続く
「供述をいくら聞いても、トラブルの程度と犯行の重大性が結びつかない」
・・・しきりに首をかしげる。
幼い容姿、話しぶりから考えても・・・残虐な・・・
ホームページに書いた詩を読んだ。地球環境や生命を大事にしようという内容だった。なぜ他人の命を貴ぶことに思い至らなかったのかといぶかる〜
弁護士は「心中には、大人には理解できない複雑な世界が潜んでいるようだ。〜
内面を知る必要がある」と話す。
5、6年生数人が事件後、ストレスなどを理由に欠席している。
教諭も当分、教壇には立てない状態。「子供たちとどう接触すればいいのかわからない」
女児は「同級生に仲間外れにされた」と両親に訴えた。そのころからホームページへの書き込み内容が荒れ始める。
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たしかに大変な事が起こってしまいました。さすがに内容の解釈には悩む所です。
見ている側としても“この事はあくまでも客観的に冷徹に事実が解明されて行かなくてはならない”とは思いますがどうしても感情的な思いが先にたってしまいます。女児(加害女児)と被害女児が未だ小さな子供だけにどちらに対しても思わず可哀想だとしか言いようがありません。そして世の中では驚きの後に理解できないわからないなどの言葉が飛び交い混乱の後にやはり気が狂っている様だと繋ぐしかないありさまのようです。そこから興味の向かう先は集中的に今後の女児への処遇は?・・となるのでしょうか。大人ならば納得の対象として量刑が有るのでしょうが・・・しかしこの場合は違う。そして何より重要なのは。この場合どう処理されたかと言う事だけでは問題解決にはならないと言う事です。
そこで そもそもそれ程に解らないことならば敢えておもいきり視点を変えて自分なりにあれこれ思い当たる事などを拾い集めながらまずは考えてみました。いくらあれこれ思いついたことを並べても決して結論に辿り着けるとは限りませんしヒントにも役にも立たないかも知れない。事が事だけに間違った部分やとっぴな事も有るでしょうが、しかしまじに考えずにはいられない。
先ず最初に思う事はこの事件はネットが原因ではないと言う事です。何故ならネットが危険であるという事が分かっているなら対策は簡単でPCを片付けてしまえば良いだけの事だからです。どう対処するかになれば結局マナー教育と言う事を自然に行うでしょうそれがその証拠です。つまり人格の問題ですあるいはネットトラブルを起こす人は未成熟だと言う事です。極めて簡単な事です。自らの友人とのやり取りを考えてもその事を感じます。とりわけ今回の事件はもっと人間の本質的なところに問題があると思います。ネットは単なる道具に過ぎませんそしてそれを使うのは人間です。だから事件の本質はもっと他の所にあると言う事です。
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*逆に女児は気が狂っていたわけではなかった。必ず原因があって最も考えられる事は環境的な条件が大きく関与していた。と仮定した場合どのような推論が出てくるのか?
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これまでの話では5年生の頃から目立ち始めた。するとそれまでは何の変わりも無かったと言うことに考えを固定した場合はそこで発狂したと言う可能性は少ないと言う事です。フロイトさんの話では“ある人が何かの事件等をきっかけに精神に衝撃を受けてまさに発狂したとしても、発狂が事実である事が分かった事に過ぎず肝心なスタート時期は事件当時ではない”いつなのかと言えばそれはずっと前の成長期の幼児期に近い頃から発病していると言うのですね。もちろん“それまでの間を良く見ていないと周囲は気が付かない時がある”とも言っていますからその場合は女児の発狂の可能性もある訳ですけれどねぇ。厳密には幼少期までの調査結果を待つ必要が有る訳ですからとりあえずこの部分は置いて仮定に戻りますね。
長崎小6事件を考える(2)に続く
これは メッセージ 194131 (facefacepeace さん)への返信です.
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