指導者はヒマな方が良い
投稿者: tenshinokiseki 投稿日時: 2004/06/12 19:13 投稿番号: [200188 / 280993]
>主導権が「個」にあれば、そんな指導者も必要ない
>そういう「集団」がどうしてもイメージできません
「そんな指導者」というのは「忙しい指導者」という意味。
世界の価値基準ってのは、時代に合わせて変わってくよね。
例えば
今の戦争は、平気で「虐殺」することなんか許されない。
かつてモンゴル帝国は、街を攻めると「皆殺し」にしたそうだ。
アメリカは日本やベトナムに絨毯爆撃を行った。
でも、今ではそんなことは許されない。時代が「価値基準」を変えたからね。
そこで、これからの指導者の話なんだけど、
ヒマな指導者になってほしい、と思ってる。
指導者の仕事は、出来るだけヒマな方が良い。
何から何まで、指導者が目を光らすようになったら人々は確実に不幸になるからね。
そこで出てくるのが、お馴染み「自己責任」だ。
「個」の自由を大幅に拡大させる代わりに、しっかり「自己責任」を取ってもらう。
負けたら身ぐるみ剥がれる・・・しかしマイナスまで落とさない。
ゼロからの再スタートが出来る権利だけは、必ず約束しておく。
もちろん犯罪は別扱いで罰を与えなきゃならないが、
個人の競争で負けた人には、分け前が行かなくなっても仕方がない。
そこで成功する人も、脱落する人もいるだろう。
しかし、勝敗の存在が大切だ。
勝敗が無くなったら、人類全体が滅亡に向かう。
つまり俺が言っている「個の尊重」とは、
常に「個」が全力で戦うことが許される社会の構築。
組織の影響下で「個」が遠慮する社会の撲滅・・・のことを言っている。
これは メッセージ 200145 (tinmokunokaieda さん)への返信です.
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