>「応答」では
投稿者: raru_babu2 投稿日時: 2004/06/02 02:13 投稿番号: [192949 / 280993]
ないと思うけどなぁ。<responsibility
>「本来は『応答』とすべきだった。ある約束に対する相互義務にすぎない。」
「ある約束に対する相互義務」と言い切ってしまったら、
「スパイダーマン」のコピー
「with great power comes great responsibility」
ってどうなってしまうんでしょうね?
このコピー、
「強大な力には、強大な責任が伴う」
で非常に筋が通って見えるんですけど。
少なくとも福田元官房長官は明治期に発言されたわけではないので、
この場合の「自己責任」はあくまでも
(記事内の定義によれば)独り歩きした結果、意味合いの変わってしまった
現代的解釈に基づく言葉として使用されたわけで、
その解釈としてはあくまでも「自分の判断により、
危険を覚悟して退避勧告地域へ出かける」ことに対する
責任と捉えるのが正しいと考えます。
福田官房長官が「responsibility」と英語で発言したのであれば、
この解釈も興味深いとは思います。
>ところが『責任』という言葉は、為政者に一方的に重荷を背負わされるという意味合いで、『お上への義務』という封建的な単語。
これは根拠のないこじつけですね。
「責任」という言葉が「お上への義務」という意味以外で使われる例はいくらでもある。
最たる例が、「政府による邦人保護責任」。
このトピでも大勢の方が使用しておられました。
>「JIKOSEKININ」とそのまま書き、説明を付ける記事も目立った。
この「説明」の内容いかんによっては、
もちろん欧米諸国を仰天させることも可能だったでしょうね。
>桜井は「社会契約」が原点であり、責任はむしろ国側にあると指摘する。
さっきは外国語に翻訳できないほど封建的な単語だと言っていたのに、
今度は「国側に責任」と来た。
残念ながら、この記事破綻しています。
これは メッセージ 192291 (pattsy_mint_1010t さん)への返信です.
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