cardockjpさん:>不幸は才能
投稿者: wokeyijinlaima 投稿日時: 2004/06/01 15:10 投稿番号: [192514 / 280993]
cardockjp さん、おひさです。
たとえば、同じように経済的に困窮した家に生まれても、
「こんな家に生まれたくなかった」と、親不孝を重ねる人と、
「親に楽させたあげたい」と、親孝行する人がいますよね。
これには本人の資質が大きいと思うんです。
三つ子の魂は百までは、先達の言う宿命ではないか、
しょせん人はそこから逃れて行動することはできないのではない
だろうか、と思うわけです。
どれほど愛情を注がれて育っても、たとえば注ぐ側が、
普通はコップいっぱいくらいだけど、ウチでは風呂桶いっぱい
注いでいますと言い、周囲の誰しもがそれを客観的に認める
ほどの愛情を注がれていても、受ける側の本人が足りない、
もっともっと欲しいと要求する場合、この人は永遠に
乾き続けることになり、その乾きは誰にも理解されません。
この乾きが、周囲の環境という要素や、本人の努力とは
全く別次元で派生していくものではないかと考えます。
ただ「こんな家に生まれたくなかった」と親不孝する人に、
チャンスがないわけではありません。
本人が、弛まぬ努力の道へと進むための、何かしらとの出会いが
人間、本、天の声、何でもいいのですが必要です。
そして大平さんにはチャンスがありました。
でも高遠さんは、今のままの生活では出会いのチャンスがない
のではないか、残念ながらそう思えるのです。
これは メッセージ 192500 (cardockjp さん)への返信です.
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