重要!
投稿者: long_and_winding_mara 投稿日時: 2004/05/08 03:45 投稿番号: [170438 / 280993]
従軍売春婦強制連行は嘘(まとめ)
当時、韓国の外務省当局者がしきりに言っていたのは、強制性が認められないと、韓国人従軍慰安婦たちはみずから進んで慰安婦になったということになる。これでは民族としての体面、自尊心が許さない。何としても強制性だけは認めてもらわなくては困る。
植民地支配として戦争という状況下で、彼女たちに対して強制性がなかったということでは韓国民は納得しないというものであった。
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当時の官房副長官であった石原信雄氏が、「従軍慰安婦強制連行を日本政府として初めて認めた河野談話は、政府調査から導き出されたものではなく、談話発表直前に韓国で行った元慰安婦16名からの聞き取り調査に基づくものであった」と語った。そして、「日本側に慰安婦の強制連行の資料がなかった」と述べた。
また、平林博内閣外政審議室長は、そのことについて、平成9年1月30日の参議院予算委員会で、政府が強制連行を組織的に行った公的記録は見つかっていないと改めて述べた。
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日本政府に聞き取り調査された韓国人元慰安婦16人の内、約10人は強制連行を証言し、日本政府はその証言の信憑性を認め、慰安婦強制連行承認の唯一の根拠とした。しかし、彼女らは、それに先立ち、日本政府を相手取って、東京地裁に裁判を起こしていたが、その訴状では強制連行とは異なり、聞き取り調査での証言は明らかに虚偽だった事実が後に判明している。
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韓国のソウル大学の安垂直教授は、彼がコンタクト出来た40人以上の女性の証言を検討した所、半数以上の証言は矛盾していたり、時代背景と違っていたり、事実を歪められていたと言っています。彼はそのうち19人の証言をまとめて発表していますが、その内日本軍に強制されて慰安婦にさせられたと言っているのは、僅か4人に過ぎません。しかもその内の一人は釜山で働いたと言い、他の一人は富山で働いた、と言っていますが、釜山にも富山にも軍の慰安所はなかったのです。
残る2人の内一人は前述の金学順であり、今一人は文玉珠です。文玉珠は日本政府に対する訴訟で、当初は娼婦として売られたと言っています。日本政府はこの問題について厳密な調査や適切な裏付け捜査を行わず、日本の伝統的な手法と「NO」と言えない性格により、「政治的」に丸く収めようとし、恥ずべき河野声明を出したのです。それは軍に責任をかぶせる、信じられない程の官僚的な、無責任なものでした。
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しかし国際社会では、事実の伝わりにくさを利用して、慰安婦問題をスキャンダルに仕立てようとするアプローチが今も展開さ れている。
平成8年3月にジュネーブで開かれた国連の人権委員会に提出されたクマラスワミ女史の報告書は、「戦時の軍用性奴隷制問題に関する報告書」と題して、半世紀以上前の日本の慰安婦問題を取り上げている。
戸塚弁護士は、この時にもジュネーブで本岡昭次参議院議員(社会党→民主党)とともに、デモやロビー活動を行っている。報告書は、やはり吉田清治の本や、慰安婦たちの証言を取り上げている。その中で、北朝鮮在住の元慰安婦の証言として、仲間の一人が一日40人もサービスするのはきついと苦情を言うと、ヤマモト中隊長は拷問したのち首を切り落とし、「肉を茹でて、食べさせろ」と命じた。
などという話が紹介されている。この元慰安婦は、1920年に生まれ、13歳の時に一人の日本兵に拉致されたという拉致された というのだが、1933年の朝鮮は平時であり、遊郭はあったが、軍専用の慰安所はなかった。その程度の事実確認もされていない証言が、4例紹介され、その上で日本政府に対し、被害者への補償、犯罪者の追及と処罰を勧告している。
人権委員会では、take note(留意する)という最低の評価であった。
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そもそも慰安婦問題騒ぎの発端は吉田清治という老人が、「何千人の若い娘たちをトラックに載せて連れて行った」と証言をしたこと。韓国政府も国際人権委員会も吉田証言を引用して報告書を書いていますが、それは日本の朝日新聞が吉田証言をとりあげて、これを権威付けたからです。
しかし、その後、吉田証言は全くの嘘であることが証明されて、吉田清治は自身の慰安婦狩り証言について、「フィクション」(作り話)だったことを認めています。
当時、韓国の外務省当局者がしきりに言っていたのは、強制性が認められないと、韓国人従軍慰安婦たちはみずから進んで慰安婦になったということになる。これでは民族としての体面、自尊心が許さない。何としても強制性だけは認めてもらわなくては困る。
植民地支配として戦争という状況下で、彼女たちに対して強制性がなかったということでは韓国民は納得しないというものであった。
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当時の官房副長官であった石原信雄氏が、「従軍慰安婦強制連行を日本政府として初めて認めた河野談話は、政府調査から導き出されたものではなく、談話発表直前に韓国で行った元慰安婦16名からの聞き取り調査に基づくものであった」と語った。そして、「日本側に慰安婦の強制連行の資料がなかった」と述べた。
また、平林博内閣外政審議室長は、そのことについて、平成9年1月30日の参議院予算委員会で、政府が強制連行を組織的に行った公的記録は見つかっていないと改めて述べた。
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日本政府に聞き取り調査された韓国人元慰安婦16人の内、約10人は強制連行を証言し、日本政府はその証言の信憑性を認め、慰安婦強制連行承認の唯一の根拠とした。しかし、彼女らは、それに先立ち、日本政府を相手取って、東京地裁に裁判を起こしていたが、その訴状では強制連行とは異なり、聞き取り調査での証言は明らかに虚偽だった事実が後に判明している。
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韓国のソウル大学の安垂直教授は、彼がコンタクト出来た40人以上の女性の証言を検討した所、半数以上の証言は矛盾していたり、時代背景と違っていたり、事実を歪められていたと言っています。彼はそのうち19人の証言をまとめて発表していますが、その内日本軍に強制されて慰安婦にさせられたと言っているのは、僅か4人に過ぎません。しかもその内の一人は釜山で働いたと言い、他の一人は富山で働いた、と言っていますが、釜山にも富山にも軍の慰安所はなかったのです。
残る2人の内一人は前述の金学順であり、今一人は文玉珠です。文玉珠は日本政府に対する訴訟で、当初は娼婦として売られたと言っています。日本政府はこの問題について厳密な調査や適切な裏付け捜査を行わず、日本の伝統的な手法と「NO」と言えない性格により、「政治的」に丸く収めようとし、恥ずべき河野声明を出したのです。それは軍に責任をかぶせる、信じられない程の官僚的な、無責任なものでした。
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しかし国際社会では、事実の伝わりにくさを利用して、慰安婦問題をスキャンダルに仕立てようとするアプローチが今も展開さ れている。
平成8年3月にジュネーブで開かれた国連の人権委員会に提出されたクマラスワミ女史の報告書は、「戦時の軍用性奴隷制問題に関する報告書」と題して、半世紀以上前の日本の慰安婦問題を取り上げている。
戸塚弁護士は、この時にもジュネーブで本岡昭次参議院議員(社会党→民主党)とともに、デモやロビー活動を行っている。報告書は、やはり吉田清治の本や、慰安婦たちの証言を取り上げている。その中で、北朝鮮在住の元慰安婦の証言として、仲間の一人が一日40人もサービスするのはきついと苦情を言うと、ヤマモト中隊長は拷問したのち首を切り落とし、「肉を茹でて、食べさせろ」と命じた。
などという話が紹介されている。この元慰安婦は、1920年に生まれ、13歳の時に一人の日本兵に拉致されたという拉致された というのだが、1933年の朝鮮は平時であり、遊郭はあったが、軍専用の慰安所はなかった。その程度の事実確認もされていない証言が、4例紹介され、その上で日本政府に対し、被害者への補償、犯罪者の追及と処罰を勧告している。
人権委員会では、take note(留意する)という最低の評価であった。
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そもそも慰安婦問題騒ぎの発端は吉田清治という老人が、「何千人の若い娘たちをトラックに載せて連れて行った」と証言をしたこと。韓国政府も国際人権委員会も吉田証言を引用して報告書を書いていますが、それは日本の朝日新聞が吉田証言をとりあげて、これを権威付けたからです。
しかし、その後、吉田証言は全くの嘘であることが証明されて、吉田清治は自身の慰安婦狩り証言について、「フィクション」(作り話)だったことを認めています。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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