「建前」と「本音」
投稿者: crystalplanet00 投稿日時: 2004/05/08 03:29 投稿番号: [170419 / 280993]
何度か書いてきましたが私自身は今回の3人+2人に対しては「批判」は
するけど「放置」という立場を採って来ました。
私自身、ヨーロッパあるいはアメリカ大陸での居住体験があります。
もちろん(例えば)toihotoke24さんのように「しっかり腰を据えて」と
いうのに比べると、長くてもせいぜいそれぞれ数カ月という「軟弱」な
「外地体験」ではありますが・・
この事件の報道に最初に接した時に、まず思ったのは、その経験で
自分自身・・あるいはそこで知り合った「在外邦人」がどういう
(日本人として)「立場」に立たされてるか・・ということでした。
イラク派兵におけるイギリスのケースを(可能であればネットで検索する
なりして)想起してみてください。
国内で「派兵か否か」を論議して居た状況では賛否両論・・とんでもない
極論も含めていろんな意見が出ていました。(これを「本音」」としますね)
ただ一度「国論として」派兵が決まると、意見を異にする立場の人の多くも
「国論を支持する」立場に立つんですね。(いわゆる国民としての「建前」です)
そういう意味では「建前と本音」っていうのは、「日本人」よりむしろ
民主主義政権下の「欧米人」にこそ当てはまる言葉だと思うんです。
「日本人」としての私としては(時系列の検証は、今後も必要と思いますが)
彼等3人の家族が、公然と「国策」に反対する意思表明をマスコミを使って
行ったことで、今後、在外法人を「人質」として取ることで、「国策」を
「容易に変えうる可能性」も提示してしまった・・・ほんの少しでも「国策」
(=「建前」)に綻びが存在することを「国際的に」見せてしまったことに
対する焦燥を感じてしまったんですね。
ここで語られている議論に於ても、私自身は今回の人質に対して批判的で
ありながらも、「擁護派」とされるhugehuge2さんやippannsiminnさんの
論旨には、これを「是と」せざるを得ない・・つまり「放置派」である・・
意義は、(社会を構成する)「個人」あるいは「家族」の意思が尊重され
なければならない・・という基本条件に基づいた意識から
それでも尚、「批判派」を標榜するのは・・「国際人」としての「日本人」
のあり方をこの際考えてみても良いんじゃないか・・と思うから・・
つまりは「本音」は本音として、「個人的」な「建前」の総意を「国」と
しての「建前」として表出するだけの「自信」を「日本という国」も持っても
いいんではないかと思う
所謂「日本人としての」「本音と建前」を、(脆弱な欧米の「本音と建前」に
対するアンチテーゼとして)表出しても良いんではないかと思う・・今日この頃
であります
するけど「放置」という立場を採って来ました。
私自身、ヨーロッパあるいはアメリカ大陸での居住体験があります。
もちろん(例えば)toihotoke24さんのように「しっかり腰を据えて」と
いうのに比べると、長くてもせいぜいそれぞれ数カ月という「軟弱」な
「外地体験」ではありますが・・
この事件の報道に最初に接した時に、まず思ったのは、その経験で
自分自身・・あるいはそこで知り合った「在外邦人」がどういう
(日本人として)「立場」に立たされてるか・・ということでした。
イラク派兵におけるイギリスのケースを(可能であればネットで検索する
なりして)想起してみてください。
国内で「派兵か否か」を論議して居た状況では賛否両論・・とんでもない
極論も含めていろんな意見が出ていました。(これを「本音」」としますね)
ただ一度「国論として」派兵が決まると、意見を異にする立場の人の多くも
「国論を支持する」立場に立つんですね。(いわゆる国民としての「建前」です)
そういう意味では「建前と本音」っていうのは、「日本人」よりむしろ
民主主義政権下の「欧米人」にこそ当てはまる言葉だと思うんです。
「日本人」としての私としては(時系列の検証は、今後も必要と思いますが)
彼等3人の家族が、公然と「国策」に反対する意思表明をマスコミを使って
行ったことで、今後、在外法人を「人質」として取ることで、「国策」を
「容易に変えうる可能性」も提示してしまった・・・ほんの少しでも「国策」
(=「建前」)に綻びが存在することを「国際的に」見せてしまったことに
対する焦燥を感じてしまったんですね。
ここで語られている議論に於ても、私自身は今回の人質に対して批判的で
ありながらも、「擁護派」とされるhugehuge2さんやippannsiminnさんの
論旨には、これを「是と」せざるを得ない・・つまり「放置派」である・・
意義は、(社会を構成する)「個人」あるいは「家族」の意思が尊重され
なければならない・・という基本条件に基づいた意識から
それでも尚、「批判派」を標榜するのは・・「国際人」としての「日本人」
のあり方をこの際考えてみても良いんじゃないか・・と思うから・・
つまりは「本音」は本音として、「個人的」な「建前」の総意を「国」と
しての「建前」として表出するだけの「自信」を「日本という国」も持っても
いいんではないかと思う
所謂「日本人としての」「本音と建前」を、(脆弱な欧米の「本音と建前」に
対するアンチテーゼとして)表出しても良いんではないかと思う・・今日この頃
であります
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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