イラクで日本人拘束

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hana117hanaさん

投稿者: cartesien21 投稿日時: 2004/05/08 01:37 投稿番号: [170242 / 280993]
>では、通常であれば軽度の批判で済むことが、なぜ今回の事件に限ってはバッシングと言われる程の強い批判を招く事になったのでしょうか?

  政府や与党政治家が率先して「自己責任論」でバッシングを始めたこと、彼ら3人のボランティア活動や劣化ウラン弾調査活動が多数の日本人から見れば突出した行動であって、異端者排除の心理が働いたこと、おそらくこのようなことだろうと考えています。
  いずれにせよ、強い批判を招いたから彼らが謝罪すべきだということにはならない。率直に言って、「衆愚」、「愚民」という言葉が今回に限っては当てはまります。


>ウィルス感染を例えて言えば、感染者が「セキュリティーホールがあるOSを作った会社が悪い」と責任を転嫁したり感染した事実に対して「反省の必要はない」としたら、間違いなく批判は増えると私は思います。

  ウイルス感染は不適切な比喩だから繰り返すのはやめましょう。感染者は2次3次感染を直接生むから批判されるのです。他に感染が広がらず、感染者だけに被害がとどまるのなら、被害を受けたことを同情こそすれ誰も批判しませんね。


>そして、奥大使らとの違いは、
  ・「本人の命」が失われたか
  ・公人と私人の違い
>の大きく2つがあると思います。

  3人の人質は命こそ失わなかったが、身柄拘束されて殺されそうになった。苛酷なテロ犯罪の被害者としての立場は同じです。
  公人と私人の違いという点では、むしろ公の任務を負っていたという意味で公人こそ責任は重いはずです。なぜなら、彼らの過失によって公務に支障が生じ、それまでのイラクでの大使館活動の停滞、蓄積されたデータ・人脈の喪失など有形無形の莫大な被害を国家に与えたからです。しかも彼らは、民間人よりはるかに安全情報を知る立場にあり、米軍に護衛を頼むこともできる立場だったのです。皆さんの論理では、なぜ非難されないことになるのかさっぱりわかりませんね。
  人質3人は、何ら国民に義務を負わない自由な民間活動です。本人たちの過失でその活動が頓挫しても、無関係な第三者から非難を受けるいわれは全くないのです。


>また【責任】と【影響】の関係について、人によってかなりの意見の相違があります。
この差異をまとめると
>ただ、最終的には自分の行動の結果について、どこまで責任範囲として捉えているかの差ではないかと思います。

  行為者は自らが予測できない結果についてまで責任を問われることはない。これが近代的な責任主義の原則であり、行動の自由を保障する大前提です。行為の間接的結果まで責任範囲に含めるのは、責任を無限に広げることになりかねず、行動の自由を阻害します。
  人質たちはイラクの危険を認識して、場合によっては生命を失うことまで予見できても、人質になった場合に政府がどのような対応をするかまでは予見できません。政府は、避難勧告を出していたのだから特別の救助策は採らないという対応もありえたはずです。まして、様々な「迷惑」にまで責任を持てなどというのは全くナンセンスです。

  最後に、再度書きますが、今回の事件では、解放された人質に対して慰労するどころか口汚いバッシング(付和雷同的批判も含めて)を続けることの異様さ、非人間性に対する感性が、議論以前に問われているのだと私は思います。これはあなたの言う、「死者に対して鞭打つ」ことと同じ、非人道的行為でしょう。
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