spotdeltaさん
投稿者: the_real_nothing 投稿日時: 2004/05/05 23:12 投稿番号: [166951 / 280993]
是か非か言う
是なのか非なのかを言っている
是か否を問うている
自分の考えを世間に言っている
自分の考えを世間(この場合はあなたが“擁護派”と規定する人たち)に問うている
……この場合、違う違うと“声高に”言い立てるほどの違いがあるのかどうか?
“言って”“問う”訳なのですから……
ぼくの反応した部分
>彼らに対する批判は間違いだ!
>と声高に叫んでいる擁護派諸君、
>高遠が郡山を批判するの許されるのか?
は、“許されるのか?”“是か非か?(於#164914) ”と
擁護派に対して返答せよと問うているので
是か否かを問うていないとは言えない。
「言う」=「問う」なのか?などというのは何かズレているような………
批判してはいけないのか?
いけなくないのか?
という事なら批判そのものが否定されるべきだはないと思います。
しかし、今回の様なバッシングになると“元人質に対する批判という行為”が
批判の対象になるということですよ。
あなたが、その批判を曲解して元人質に対する批判を非と言っている
>彼らに対する批判は間違いだ!と声高に叫んでいる
と“言って”はいないかといぶかしむものです。
十把一絡げに“擁護派”とすることの弊害です。
>簡単な算数です。
ぼくの文章がカンタンな計算で『元人質≠人』となったとしても
それはあなたのレスの中でそうなってますよという指摘なのですから
それがこちらの理論とはなりません。
カンタンな国語です。
>ちょっとからかってみただけ。
あなたの批判が全て当たっていたとして元人質たちが
「ちょっとからかってみただけ」と言えば
あなた的にはOKなんですね?
>彼らの常識に疑問があるから
>批判が生まれるんじゃないですか??
皮肉にマジレスですか?
>批判の存在しない社会なんてあるのかな?
公に批判が許されない社会というのはあるでしょうね。
余談ですけど。
これは メッセージ 166827 (spotdelta さん)への返信です.
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