>人格形成の歪み
投稿者: kenkyu_ronbun 投稿日時: 2004/05/01 12:31 投稿番号: [154392 / 280993]
毎日、会社や地域住民との係わり合いのなかで日々懸命に社会のため、家族のために働いている多くの国民は、言葉として改めて言う必要もない自己責任の世界に生きている。
自己責任とは、「自己」という言葉を用いているから「自らの行動は自らが責任を負う」とだけの理解をされ易い。
勿論、それが間違いとは言わないが、その本質的な意味あいを理解している人は少ないのではないだろうか。
我々は誰しもがなんらかの組織や集団の一員として存在している。家族、会社、町内会、業界団体や、大きくは「日本」という社会の構成員として。
そこでは常に秩序維持が不可欠であるがゆえに、それぞれに何らかの規範が存在し、それを遵守していくことで破壊されることなく存続し得ているのだ。
自己責任とは、実は、この、社会あるいは組織や集団の規範に反する秩序破壊を戒める意味合いにこそ、その本質がある。
「人格」なるものも、誤解をおそれず大胆に言い換えれば「規範習熟度合い」と言ってもいい。
今回のバッシング騒動は、二家族の言動が社会規範を著しく逸脱したものであることから国民の怒りが噴出したのであり、この機に乗じようとした団体や政党やメディアに対する怒りも同様である。
これは メッセージ 154237 (beckamsama77 さん)への返信です.
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