イラクで日本人拘束

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責めを負うことの厳しさ

投稿者: atmb88_bb 投稿日時: 2004/05/01 09:45 投稿番号: [153804 / 280993]
  家族の方々に対する批判について、それを敢えて受け止める決意をした彼らに敬意をはらいます。

  責めを敢えて負うためには,大変な勇気と覚悟が要ります。ここで批判している人達の中で、どのくらいの人が同じ覚悟を持って、発言をしたり、立ち向かうことができるでしょうか。
  当初の家族の発言や態度に対する批判が多く見られますが、彼らの家族を思う気持ちが素直に表れたものであり、ただただ必死だったことと思うのです。
  人は無心に行動する時,その時とった自分の行動がどんな反響をもたらすかなど、その効果を推測などとてもできないし、するはずもありません。もしそれができるなら、それは何もかも意図的な行為となってしまいます。
  普通の人はマスコミを通して自分たちの行動の一部始終が映されることに対して無防備です。ましてあの緊急事態では・・・。
  家族の対応が悪いと攻め続ける方々は,自分だったらどのような対応をするというのでしょうか。


  責めを受けるという行為は誠意がなければできません。


  くらべて、此度の年金未納に対する政府の対応はいかがだったでしょうか。あれだけ『自己責任』と声高に言っていた面々がノラリクラリと批判をかわし、開き直っています。あのヌケヌケとした対応のどこに誠意を感じることができるでしょうか?

  もっとも政治家にとって必要なものは、誠意ではなく、批判をかわす技術なのかもしれません。
  誠意を持った政治家は,早々に責めを負い姿を消してゆきます。


  人間は誰でも過ちを犯すものです。その罪の重さは異なれど・・・。完全無欠な人間などいません。
人を責める人は、自分がどれほど立派だと思っているのでしょうか。どんな権限があるというのでしょうか?



  キリストはおっしゃいました、ある罪を負った女性に石を投げる人々に向けて
『では、あなたがたの中で、今まで一度も罪を犯したことのない人から、まず投げなさい』
  やがて群衆は一人去り、二人去り、誰もいなくなったということでした.
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