>自己責任論は全体主義の入口
投稿者: erick_deetoo_79 投稿日時: 2004/04/21 03:44 投稿番号: [110898 / 280993]
理論的に見えますが、巧みに論理のすり替えをしていますね。
>しかし、今回の場合は、退避勧告には強制力が無く、まったく責任が問えない
強制力のあるなしではなく、身の危険を予測できたにも拘わらず、それを防ぐことができなかったことが個人の責任であって、政府に責任を問える筋合いではないということ。
>このような事態になる危険を含んだ政策だった、という事は明らかであり、国の責任を問うのが本筋である。
いいえ、この場合、本筋はそのような危険をはらんだ政策を日本がとらなければならない微妙な国際情勢下であることを深刻に受け止めず、警告が出ているにもかかわらず、たかを括って現地入りした個人の判断能力の甘さが問われるべきなのです。
>しかし、その本筋をかき消すかのように、被害者の自己責任が批判されている。
これも話の歪曲。被害者の自己責任が問われたのは、家族が『政府の責任だ』と喚いた厚かましさに対して、世論が感情的に反応した結果です。
>これは、政府の望まない事はしてはならないという、国民への権力の服従を強いる結果につながる、危険な風潮である。
そんな風潮を国民が望んでるわけがない(笑)
国民は単に『家族の暴言』に感情的に反応しただけ。家族の態度によっては、『自己責任』などという世論は出てこなかったと思う。
>言論の自由や、思想の自由は、
常に権力側によって、縮小されようとする。
>それに対し、市民達のけなげな反乱が、かろうじて、民主主義に近い社会を支えているに過ぎない。
断言しますが、日本ほど「言論、思想の自由」を濫用している国民は民主義国家の中でも珍しいです。
>自己責任は、国民の側から考えること。
だからみんなそう言ってるんですよ。
>政治家が上から押しつけるように言及してはならない。
押し付けるもなにも、これは自立した市民の当然の心得を諭しているという以上の言及ではない。本当に押し付けるなら、すべての責任を強制的に取らせて、数億の支払い命令が出されるはずです。まさか日本はそんな国じゃない。
これは メッセージ 110800 (ippanshimin さん)への返信です.
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