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「自己責任」を唱える心理

投稿者: merzbox 投稿日時: 2004/04/21 00:13 投稿番号: [109757 / 280993]
  正直言って、事件以前「自己責任」」(その他自業自得、各種陰謀説、自作自演説・・・)などを考えている人々がこんなに存在していたことは驚きです。
  ただ、不思議なのは「本当に多くの日本人が普段から自己責任などというものを意識していたのか?」という点です。少し落ち着いて考えてほしいのですが、「自己責任」論というのは本当に自分自身の中に存在していたのか、本当に自分自身の考えであり、自分自身の声として表明されたものなのでしょうか?

  「自己責任」論がどのような経緯で広まっていったのか、時間軸に沿って分析出来れば良いのですが、少なくともこれは基本的に政府当局者の発言と妙に似通ったものの言い方ではあると思います。

  おそらく日本の政府当局者には、その権力が国民から委託されたものであるというような意識は希薄、すなわち「お上」であり、その「お上」を差し置いて行動するもの(あるいは迷惑をかけるもの?)は「不逞の輩」であるというような意識の下、人質たちに対する批判的な
言説を展開していると私は想像します。

  そして、この「お上」の声に同調するかのように多くの人々から「自己責任」という言葉が発せられます。

「お上」という強者に同調するということは、つまり「お上」との一体化を図り、強者、またはより強者に近いところにいる自分を確認しようとする行為なのではないか、そしてその自分の現実の姿は、自己の内部において欠落(たとえば経済的な不満、社会的地位の低下への不安、将来への絶望感)が生じており、それを埋め合わせる手段を求めてさまよっている、というようなものではないでしょうか。

  多くの場合それは、弱者への攻撃という形をとって現われますが、それに一定の正当性を与える根拠として、このケースにおいては「自己責任」という言葉が利用されているに過ぎないのではないでしょうか?
  だとすれば一見自分の内部から生じたように見える「自己責任」論とは、あたかもそうであるかように偽装した「外部からの声」ではないのか?

本当に自分の語る言葉は、自分の考えから生じたものなのでしょうか?

・・・そして、私が書き連ねた言葉自体、私自身のものであるという保証は無いのですが。
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