「喉が渇いた者どもにチャンスを」
投稿者: oixkozo 投稿日時: 2003/12/16 21:55 投稿番号: [414 / 649]
私は、ちょっと前に、「グラディエーター」という映画を観た。
ローマのコロシアムで、ローマ皇帝の意志を体現するように、
ローマの市民は、決闘に勝った奴隷に対して、負けた奴隷を「処刑せよ!」と叫ぶ。
フセインを「処刑せよ!」と叫ぶ、今日の世界市民と、果たしてどこが違うだろう。
アルカイダはアメリカが作ったテロ組織だ。
フセインは、イライラ戦争では、散々、アメリカの応援を受けながら、
イランに生物・化学兵器まで使いながら、攻撃した。
アルカイダもフセインも、実は、アメリカの奴隷であった。
彼らが、かつての主人を攻撃・批判するのは、その裏切りに対する怒りに他ならない。
そして今、再び、「暫定政権」という「民主的奴隷」に対して、
フセインが、アメリカに協力した戦争で犯罪を犯したから、
負けた奴隷・フセインを「処刑せよ!」と命じられつつある。
アルカイダは「喉が渇いた者にチャンスを与えよう」と言って、テロリストをイラクに派遣する。
ローマ皇帝ならぬブッシュ皇帝は、フセイン拘束によって、
9.11テロで「喉が渇いた者ども」にチャンスを与えることが出来て、狂喜する。
アルカイダとブッシュの間に、果たして、どれだけの距離があるのだろう。
2千年以上の歴史と悲惨な戦争を経験しながら、
人類は、こんなにも、立ち止まったままなのだろうか?
映画では勝った奴隷は、負けた奴隷を処刑する事を拒否し、
負けた奴隷と共に、ローマ帝政と戦う。
奴隷同士で殺し合い、憎み合えば、奴隷はいつまでも、奴隷であることから逃げられない。
こんな当たり前の協力・和解を、今日の「民主的奴隷」に望むのは、それほど困難なのか?
「暫定政権」が単なる「民主的奴隷」ではなく、
本当に、イラクの主人になれるのか、試されている。
平和と和解を求めるものこそが、イラクの主人となる資格がある。
拘束されるさいに、フセインは「交渉したい」と、言ったそうだ。
この事は、大事にすべきだろう。
もし、フセインが処刑されれば、数多くのイラク国民の間に、
恐怖と憎悪を掻き立てるだろう。
この恐怖と憎悪は、更に、一段とテロと戦争を加速する可能性がある。
フセイン拘束は「喉が渇いた者どもにチャンス」を与えた。
このチャンスは、更に、一段と「喉が渇いた者」を増やすだろう。
巨大な米軍の占領下の選挙で、「テロと内戦下の暫定政権」が発足しても、
片肺飛行の政権に過ぎず、イラクの内戦は終わらない。
イラク戦争が泥沼化すれば、確実に、
ブッシュとブレアは、在りもしない「イラクのテロ」との戦いを理由にして、
「テロリストのイラク」を創造した「戦争犯罪人」として、歴史上に刻印されるだろう。
フセインは、「石油泥棒」との戦いにおける、「イラクの殉教者」として刻印されるだろう。
もし、逆に、フセイン・バース党との妥協が成立すれば、
バース党の武力行使は消滅することになる。
バース党とアルカイダの関係は遮断され、
逆に、バース党は「無差別テロ」の壊滅に協力するだろう。
今日の世界とイラクの情勢から見て、例え、フセインが赦免されたとしても、
もはや、イラクの権力を奪取することは在り得ない。
国民和解政権が発足すれば、親米的ではないかもしれないが、
平和で民主的なイラクの建設に役立つだろう。
もし、フセイン赦免によって、平和で民主的なイラクが建設されれば、
ブッシュとブレアの罪は極めて軽くなるだろう。
この場合には、フセインこそが、イラク戦争の引き金を引いた「独裁者」として、
歴史上に刻印されるかもしれない。
国家指導者として、9.11テロへの賛美は、イラク国民自身への犯罪であった。
平和への道こそが勝利の道である。
ローマのコロシアムで、ローマ皇帝の意志を体現するように、
ローマの市民は、決闘に勝った奴隷に対して、負けた奴隷を「処刑せよ!」と叫ぶ。
フセインを「処刑せよ!」と叫ぶ、今日の世界市民と、果たしてどこが違うだろう。
アルカイダはアメリカが作ったテロ組織だ。
フセインは、イライラ戦争では、散々、アメリカの応援を受けながら、
イランに生物・化学兵器まで使いながら、攻撃した。
アルカイダもフセインも、実は、アメリカの奴隷であった。
彼らが、かつての主人を攻撃・批判するのは、その裏切りに対する怒りに他ならない。
そして今、再び、「暫定政権」という「民主的奴隷」に対して、
フセインが、アメリカに協力した戦争で犯罪を犯したから、
負けた奴隷・フセインを「処刑せよ!」と命じられつつある。
アルカイダは「喉が渇いた者にチャンスを与えよう」と言って、テロリストをイラクに派遣する。
ローマ皇帝ならぬブッシュ皇帝は、フセイン拘束によって、
9.11テロで「喉が渇いた者ども」にチャンスを与えることが出来て、狂喜する。
アルカイダとブッシュの間に、果たして、どれだけの距離があるのだろう。
2千年以上の歴史と悲惨な戦争を経験しながら、
人類は、こんなにも、立ち止まったままなのだろうか?
映画では勝った奴隷は、負けた奴隷を処刑する事を拒否し、
負けた奴隷と共に、ローマ帝政と戦う。
奴隷同士で殺し合い、憎み合えば、奴隷はいつまでも、奴隷であることから逃げられない。
こんな当たり前の協力・和解を、今日の「民主的奴隷」に望むのは、それほど困難なのか?
「暫定政権」が単なる「民主的奴隷」ではなく、
本当に、イラクの主人になれるのか、試されている。
平和と和解を求めるものこそが、イラクの主人となる資格がある。
拘束されるさいに、フセインは「交渉したい」と、言ったそうだ。
この事は、大事にすべきだろう。
もし、フセインが処刑されれば、数多くのイラク国民の間に、
恐怖と憎悪を掻き立てるだろう。
この恐怖と憎悪は、更に、一段とテロと戦争を加速する可能性がある。
フセイン拘束は「喉が渇いた者どもにチャンス」を与えた。
このチャンスは、更に、一段と「喉が渇いた者」を増やすだろう。
巨大な米軍の占領下の選挙で、「テロと内戦下の暫定政権」が発足しても、
片肺飛行の政権に過ぎず、イラクの内戦は終わらない。
イラク戦争が泥沼化すれば、確実に、
ブッシュとブレアは、在りもしない「イラクのテロ」との戦いを理由にして、
「テロリストのイラク」を創造した「戦争犯罪人」として、歴史上に刻印されるだろう。
フセインは、「石油泥棒」との戦いにおける、「イラクの殉教者」として刻印されるだろう。
もし、逆に、フセイン・バース党との妥協が成立すれば、
バース党の武力行使は消滅することになる。
バース党とアルカイダの関係は遮断され、
逆に、バース党は「無差別テロ」の壊滅に協力するだろう。
今日の世界とイラクの情勢から見て、例え、フセインが赦免されたとしても、
もはや、イラクの権力を奪取することは在り得ない。
国民和解政権が発足すれば、親米的ではないかもしれないが、
平和で民主的なイラクの建設に役立つだろう。
もし、フセイン赦免によって、平和で民主的なイラクが建設されれば、
ブッシュとブレアの罪は極めて軽くなるだろう。
この場合には、フセインこそが、イラク戦争の引き金を引いた「独裁者」として、
歴史上に刻印されるかもしれない。
国家指導者として、9.11テロへの賛美は、イラク国民自身への犯罪であった。
平和への道こそが勝利の道である。
これは メッセージ 396 (oixkozo さん)への返信です.
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