イメージダウンは勝手ですけど。
投稿者: aqualine2000jp 投稿日時: 2003/10/18 11:09 投稿番号: [158 / 428]
一部の方はODAをやる「から」宇宙開発・軍事費拡大を「するな」と言っているようですね。ご立腹には納得します。全文読む気力は無いので、批判はできるだけ避けます。
貧富の差や差別を容認するわけではありませんが、たとえ話として聞いていただければ幸い。
貴族にはその余暇と財力をして、領地領民を保護すると同時に文化や歴史遺産を守る「義務」があると思う。実際自己満足的なことも含め現在私たちは彼らのおかげで歴史・芸術や偉大な先人の足跡をしのぶことができ、それを心の支えや目標として心豊かに日々を送れる。技術の末裔は生活を物理的に豊かにし芸術の末裔は心を豊かにしてくれる。日々の生活にただ追われる身分でそこまで手が回るだろうか?金持ちにはそれなりの役割と意義があるといえる。
宇宙開発は直接的には「無駄遣い」だが、将来への技術蓄積・国民へ夢や希望と言う意味でまさに「貴族の義務」のように思う。それを国家として決断すること自体にはどの国も口を挟む権利は無い。
しかしことあるごとに他国に援助をすがる国家が更なる援助を前提にしてまで貴族のフリをする必要がありますか、と言う疑問にはどう答えてくれるのだろうか。
さらにいえば新興の弱小国家ならいざ知らず自称3000年の歴史を持ち、広大な国土にいくつのも可耕地と資源鉱脈を確保し、すでに外貨獲得できるだけの産業を持っている大国が、何で今に至るまで援助を受けているのか、それも大きな疑問です。
不要なものはやめましょう。それだけです。
お説ごもっともに見えますが、最悪のたとえをさせてもらえば「刑務所の中で権利を主張する受刑者」のように感じます。援助を受けたからといって卑屈になることは無いけれど、援助している側に対しては配慮が必要だと思います。冒頭のような主張は確かに筋が違うかもしれない。しかし「被害者のお金で加害者が生活し、かつ、より良い待遇を求めている」ならば、被害者の怒りはもっともじゃないですか?受刑者にも人権を、というのは罪を償うためにも重要なことです。しかし償いを忘れて(もしくは横において)まず権利を主張するのも筋違いではないでしょうか。
行き過ぎた感情論は個人それぞれの心にしまい、まず私たち日本人は言うべきだと思います。
「富める国に援助は不要」
日本でさえなしえていない有人宇宙飛行が可能な国の、いったいどこが飢えて困っているのか。胸を張って援助不要と、なぜいわないんですか?さらにヒトからもらった資金をさらに対外援助しているじゃないですか。下世話なたとえですが「会社の交際費をホステスに貢いでいい顔をしている社員」のようですね。それは中国の実績じゃなく、「日本やそのほかの対中援助国による世界に対する貢献」に数えられるべきものです。
対中投資の金額でいったいどれだけの国を援助できるか。考え直すいい時期だと思います。中国は国家・国民・支援者を挙げて「豊かな先進国家」宣言をしたのですから。
乞食に金を投げつけるような失礼なことは日本国民として早急にやめたいと願います。
貧富の差や差別を容認するわけではありませんが、たとえ話として聞いていただければ幸い。
貴族にはその余暇と財力をして、領地領民を保護すると同時に文化や歴史遺産を守る「義務」があると思う。実際自己満足的なことも含め現在私たちは彼らのおかげで歴史・芸術や偉大な先人の足跡をしのぶことができ、それを心の支えや目標として心豊かに日々を送れる。技術の末裔は生活を物理的に豊かにし芸術の末裔は心を豊かにしてくれる。日々の生活にただ追われる身分でそこまで手が回るだろうか?金持ちにはそれなりの役割と意義があるといえる。
宇宙開発は直接的には「無駄遣い」だが、将来への技術蓄積・国民へ夢や希望と言う意味でまさに「貴族の義務」のように思う。それを国家として決断すること自体にはどの国も口を挟む権利は無い。
しかしことあるごとに他国に援助をすがる国家が更なる援助を前提にしてまで貴族のフリをする必要がありますか、と言う疑問にはどう答えてくれるのだろうか。
さらにいえば新興の弱小国家ならいざ知らず自称3000年の歴史を持ち、広大な国土にいくつのも可耕地と資源鉱脈を確保し、すでに外貨獲得できるだけの産業を持っている大国が、何で今に至るまで援助を受けているのか、それも大きな疑問です。
不要なものはやめましょう。それだけです。
お説ごもっともに見えますが、最悪のたとえをさせてもらえば「刑務所の中で権利を主張する受刑者」のように感じます。援助を受けたからといって卑屈になることは無いけれど、援助している側に対しては配慮が必要だと思います。冒頭のような主張は確かに筋が違うかもしれない。しかし「被害者のお金で加害者が生活し、かつ、より良い待遇を求めている」ならば、被害者の怒りはもっともじゃないですか?受刑者にも人権を、というのは罪を償うためにも重要なことです。しかし償いを忘れて(もしくは横において)まず権利を主張するのも筋違いではないでしょうか。
行き過ぎた感情論は個人それぞれの心にしまい、まず私たち日本人は言うべきだと思います。
「富める国に援助は不要」
日本でさえなしえていない有人宇宙飛行が可能な国の、いったいどこが飢えて困っているのか。胸を張って援助不要と、なぜいわないんですか?さらにヒトからもらった資金をさらに対外援助しているじゃないですか。下世話なたとえですが「会社の交際費をホステスに貢いでいい顔をしている社員」のようですね。それは中国の実績じゃなく、「日本やそのほかの対中援助国による世界に対する貢献」に数えられるべきものです。
対中投資の金額でいったいどれだけの国を援助できるか。考え直すいい時期だと思います。中国は国家・国民・支援者を挙げて「豊かな先進国家」宣言をしたのですから。
乞食に金を投げつけるような失礼なことは日本国民として早急にやめたいと願います。
これは メッセージ 154 (demeelmismoplato さん)への返信です.
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