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学問の中立性:gogai3000さんへ

投稿者: wangjunhe720 投稿日時: 2004/08/29 11:12 投稿番号: [9410 / 66577]
>「学問の中立性」については、これは、政党・政治に左右されることなく、自由に学者・研究者として発言できる、ことを意味するのではないの?つまり、自由な研究の場、発表の場の確保が、「学問の中立性」なんじゃないかな<



  念のために、切れていませんよ。

  上記akiさんの文言はほぼいいと思います。特に氏は「自由研究の場」というのですが、森鴎外は‘Eindrucke.1887‘(通常「感想」と訳)の一文にこんな風に書いてあった。

「Forschungノ   Fruchtヲ   教ルノ期ハ去レリForschungヲ教ユベシ」。

  「Forschung」というドイツ語を日本語訳するには、さぞ大変苦心したらしいが、最後は諦め、そのままに書いてしまったのが、上の文です。

  その語の意味は「雰囲気」とも訳せるが、それは「場」の表面的意識よりも、内面的な精神が伴う場と言った方がよかろう。言い換えて「学問するための雰囲気の場」と言えよう。

  鴎外は当時、おそらく主に自然科学の研究環境を念頭に発した感想であろうが、人文科学研究にも当て嵌まると私は思います。

  今はよく「学問エートス」という言葉で言い表しているが、鴎外は当時「学者の真の徳」「学問権」として論じ、次のような言葉を使いました。

智の価値intellctuller   Werth、
徳の価値moralischre   werth、

  この価値の判る学者ははじめて「精神貴族」の列に入るという。学者はその「学問権」を守るために戦い、始終自分の良識が自分には唯一の、最高の神様であるように従うのだ、とも言う。

  まあ、この前、貴方と私が議論したフランスのジュリアン・バンダーの『知識人の裏切り』に通じていく水脈です。要は学者個人の良識次第です。国の体制の制約を受けるものの、決定的条件には到底ならないものだと私は思う。

  何何の国は体制的に不自由だから知識人がいない、というのは、似非物の論難する口実にしかならない。


  中国を非難する余りに、自分の無知がばれても辞さない、とするならば、どうぞお頑張りなさい。

  似非ものだと言ってやったのな?厳しいかな、ディレッタンティズムdilettantismに身を任せ、口を任せるのを、おやめなさい、と。
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