ahookoizumi様
投稿者: fuukoukun 投稿日時: 2004/08/24 17:27 投稿番号: [8920 / 66577]
お返事ありがとうございます。
間違って違うトピに返信してしまい、申し訳ありませんでした。
まず日中間において、私は個としての友好はかなりのレベルで存在しているものと思っています。
問題は国レベルでの友好でしょうね。
私は日中戦争の残酷行為というものについて、歪曲したり正当化するつもりもありません。存在していたという真の資料があればそれを元に在ったという論を展開しますし、それが無ければ疑問であるという論を展開すると思います。
戦争の歴史を学ぶ上では必ず壁にぶつかります。双方の意見が必ずといって良いほど衝突するんです。故に何を真実として、何がブラフであるのかの判別は、慎重に紐解いていかないと、信じたものが真の歴史になってしまうという危うさに繋がります。だからこそリベラルでないと本当の真実なんて見えてこない。
これを踏まえて残酷行為と言われる行為が在ったのかなかったのかは、在ったんだろうけれどもどの程度あったのかについては疑問というのが私の見解です。戦争である以上、略奪その他行為は日本軍、卑賊等種々在ったと考えるのが普通だと思います。ただ、どこでどのように在ったのか、どのぐらいの規模であったのか?ということに関しては資料が一方的過ぎるきらいがあって、疑問と言わざるを得ません。
逆も考えられるんです。というのは、現場で接していたのは個人なんですよね。先程お話した通り、個の友好レベルは国では計れません。正直思うのは、残酷行為のみならず、個の友好についても話していかないからぎすぎすするんだけれども、と…。
日本敗戦時に満州において中国兵に救われた日本人が生き証人として確かに存在します。
逆に日本侵攻時に日本兵に助けられた中国人の方も生き証人として確かに存在するんです。
国家間の課題はここでしょうね。歴史についてお互いに語る時にこういったものまでお互いが見つめられなかったら、いつまでたっても平行線でしょう。
さて、アメリカ参戦についてなのですが、アメリカ側は日本との戦争を既に想定していたとお話しましたよね。日本側も当時外交努力をずっと続けていたんです。でもお互いが譲歩案を出すことは無かったんです。日本は不景気の中、現状維持がやっとの状態で譲歩はできない、アメリカは日本が目の上の瘤だから排除したい。
最終的に、日本が痺れを切らすのをアメリカは待っていたんですね。日本側は既に軍部が天皇を凌ぐ程の実権を握っていましたから、開戦はアメリカ側も想定していたことですから。結果が真珠湾ということです。戦争を始めたから悪と言うよりは、窮鼠猫を噛む・・・と言う方が正しいかもしれません。追いつめた猫にまったく否が無いとも言えない状況です。戦争を始めないと生き残れない程追いつめられたということですね。
戦時中のアメリカは、日本軍に対して飛び石作戦という作戦を取りました。というのも全部占領していたら拉致が空かないので、補給の要所を占領していったのです。人的被害も甚大でしたし、二方面に戦端を持つ愚は冒さなかったというのが真実でしょう。中国に対して戦闘を仕掛けてしまったら大義名分も崩れてしまいますから。
結局、戦争では正義をかざすために大義名分を必要とするんですよね。大義名分なんてある意味ブラフになることが多いんですが、名目上は役に立つ。きっと戦争に正義なんて無いと思いますよ。ただ、意見・国益の違いだけ。
どの時代でも、人の命の重さは同等のものです。だからこそ、過去の戦争において亡くなった人の命も同等の命として考えなくてはいけないと思うのです。実際にあったのか無かったのか、今だ疑問符がつく事柄について、私には亡くなった方の罪を責めることはできません。亡くなった方々の日記や辞世の句等を読むにつれ、とみにその思いも強くなります。
ただ一つ言えるのは、戦争が双方にとって大きな痛手となることは間違いなく伝えられるのではないでしょうか。これが一番大事なことだと私は思っています。
伝えるべきは、亡くなった方の残酷さではなく、戦争を手段とすることなく解決する解決方法ではないのでしょうか?
間違って違うトピに返信してしまい、申し訳ありませんでした。
まず日中間において、私は個としての友好はかなりのレベルで存在しているものと思っています。
問題は国レベルでの友好でしょうね。
私は日中戦争の残酷行為というものについて、歪曲したり正当化するつもりもありません。存在していたという真の資料があればそれを元に在ったという論を展開しますし、それが無ければ疑問であるという論を展開すると思います。
戦争の歴史を学ぶ上では必ず壁にぶつかります。双方の意見が必ずといって良いほど衝突するんです。故に何を真実として、何がブラフであるのかの判別は、慎重に紐解いていかないと、信じたものが真の歴史になってしまうという危うさに繋がります。だからこそリベラルでないと本当の真実なんて見えてこない。
これを踏まえて残酷行為と言われる行為が在ったのかなかったのかは、在ったんだろうけれどもどの程度あったのかについては疑問というのが私の見解です。戦争である以上、略奪その他行為は日本軍、卑賊等種々在ったと考えるのが普通だと思います。ただ、どこでどのように在ったのか、どのぐらいの規模であったのか?ということに関しては資料が一方的過ぎるきらいがあって、疑問と言わざるを得ません。
逆も考えられるんです。というのは、現場で接していたのは個人なんですよね。先程お話した通り、個の友好レベルは国では計れません。正直思うのは、残酷行為のみならず、個の友好についても話していかないからぎすぎすするんだけれども、と…。
日本敗戦時に満州において中国兵に救われた日本人が生き証人として確かに存在します。
逆に日本侵攻時に日本兵に助けられた中国人の方も生き証人として確かに存在するんです。
国家間の課題はここでしょうね。歴史についてお互いに語る時にこういったものまでお互いが見つめられなかったら、いつまでたっても平行線でしょう。
さて、アメリカ参戦についてなのですが、アメリカ側は日本との戦争を既に想定していたとお話しましたよね。日本側も当時外交努力をずっと続けていたんです。でもお互いが譲歩案を出すことは無かったんです。日本は不景気の中、現状維持がやっとの状態で譲歩はできない、アメリカは日本が目の上の瘤だから排除したい。
最終的に、日本が痺れを切らすのをアメリカは待っていたんですね。日本側は既に軍部が天皇を凌ぐ程の実権を握っていましたから、開戦はアメリカ側も想定していたことですから。結果が真珠湾ということです。戦争を始めたから悪と言うよりは、窮鼠猫を噛む・・・と言う方が正しいかもしれません。追いつめた猫にまったく否が無いとも言えない状況です。戦争を始めないと生き残れない程追いつめられたということですね。
戦時中のアメリカは、日本軍に対して飛び石作戦という作戦を取りました。というのも全部占領していたら拉致が空かないので、補給の要所を占領していったのです。人的被害も甚大でしたし、二方面に戦端を持つ愚は冒さなかったというのが真実でしょう。中国に対して戦闘を仕掛けてしまったら大義名分も崩れてしまいますから。
結局、戦争では正義をかざすために大義名分を必要とするんですよね。大義名分なんてある意味ブラフになることが多いんですが、名目上は役に立つ。きっと戦争に正義なんて無いと思いますよ。ただ、意見・国益の違いだけ。
どの時代でも、人の命の重さは同等のものです。だからこそ、過去の戦争において亡くなった人の命も同等の命として考えなくてはいけないと思うのです。実際にあったのか無かったのか、今だ疑問符がつく事柄について、私には亡くなった方の罪を責めることはできません。亡くなった方々の日記や辞世の句等を読むにつれ、とみにその思いも強くなります。
ただ一つ言えるのは、戦争が双方にとって大きな痛手となることは間違いなく伝えられるのではないでしょうか。これが一番大事なことだと私は思っています。
伝えるべきは、亡くなった方の残酷さではなく、戦争を手段とすることなく解決する解決方法ではないのでしょうか?
これは メッセージ 8912 (ahookoizumi さん)への返信です.
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