>あのさ、岡村証言知らないの?
投稿者: qa19582000 投稿日時: 2004/08/21 21:27 投稿番号: [8699 / 66577]
専門的に調べたことのない人などがだまされるといけないから。一回だけ言います。意味のない議論と質問攻めに巻き込まれるといやになるし、とにかく時間を無駄にするからね。
①何回も言っているけど、単にこういう類の証言なら、上海や東京の日本政府や軍人の中に数多くあります。岡村発言もニュースソースがどうかということで重視されていないんです。戦後の彼の発言もありますしね。そんな重大なことなら、すぐに直接の部局に報告が(もちろん岡村にではなく)いきますしね。当該特務機関の組織上の位置付けとか、いつどこで誰が活動したかなど、前提でなんです。印象操作で主張しているのでしょうけど。
何回も言いましたが、重要なのは実際に特務機関が目撃したことがあったのか、そういう事実があったのかなんです。
「特務機関員X氏は南京大虐殺を見たのですか」
「みてません」oj_simpsanさん
「特務機関員X氏はいつどこで何を見たのですか」
「・・・・」oj_simpsanさん
そうなるでしょう。目撃の資料の断片でもあるのかということです。もし、本当ならすごい新発見なんですよ。雑誌や学会誌に載せられますよ。岡村発言には現在どういう研究がされているか、ちゃん自分で調べなさいとoj_simpsanさんには言ったのに・・・。
②それとこれも他の人が騙されてはいけないので、何回も言ったことだけど。
「国際委員会の外国人たちは、下関の中国人の存在をしらなかった。だから外国人たちは人口の動向についてしらない」というのがoj_simpsanさんの主張ですね。これも無意味な揚げ足とりの主張なんですよ。
「日本軍が入城した時期は安全区以外はほとんど無人であった」という外国人たちのいろんな証言は、城内(市内)が前提の話なんです。外国人たちは城内(市内)は、安全区の境などまったく関係なく自由に車などを使って探索していました。また、無人であったという日本軍の各部隊の報告もいわゆる市内(城内)が前提です。当時の日本軍も今の研究者も、城外の下関の街などに中国人がいたことなどは知ってます(海軍はそこに食料も供給しましたし)けど、「安全区以外は無人であった」という発言は、それに関係なく言っていることです。
簡単に言うと、現時点の資料では、安全区で虐殺がなければ、いわゆる南京大虐殺はなかったということなんです。人口がそこにほとんど集中していましたからね。つまり、南京という都市全体が城壁に囲まれた首都を、日本軍が包囲して降伏勧告をしたのちに攻撃して入城した。しかし、入城した後に何周間にもわたって中国人を虐殺した、ということは嘘なのです。ここをきちんと明らかにしておいてから、その後に便衣兵の処刑や郊外の敗残兵の殲滅の議論に移らないと、印象操作になってしまいます。
それとこれも何回か言いましたが、oj_simpsanさんが証拠とする南京の裁判は、殺人鬼田中とか100人切りゲームとかそういうものですし、当初は南京市民からは虐殺の証言は出なかったので国家権力で無理に証言を集めたものです。城内(市内)での検証に耐え得る証言は皆無ですし、一次資料でもないですしね。だからあまり重視されないのです。でも、全く価値がないとうことではありません。また裁判研究の資料としては使えます。
oj_simpsanさんの主張はこんなとこですね。oj_simpsanさんはあったという思い込みを白紙にして、当時の一次資料の示す方向を公平に見なければいけないと思います。単なる条件反射的な言葉遊び(とネットでの議論技術だけ)だけでは、無意味です。
①何回も言っているけど、単にこういう類の証言なら、上海や東京の日本政府や軍人の中に数多くあります。岡村発言もニュースソースがどうかということで重視されていないんです。戦後の彼の発言もありますしね。そんな重大なことなら、すぐに直接の部局に報告が(もちろん岡村にではなく)いきますしね。当該特務機関の組織上の位置付けとか、いつどこで誰が活動したかなど、前提でなんです。印象操作で主張しているのでしょうけど。
何回も言いましたが、重要なのは実際に特務機関が目撃したことがあったのか、そういう事実があったのかなんです。
「特務機関員X氏は南京大虐殺を見たのですか」
「みてません」oj_simpsanさん
「特務機関員X氏はいつどこで何を見たのですか」
「・・・・」oj_simpsanさん
そうなるでしょう。目撃の資料の断片でもあるのかということです。もし、本当ならすごい新発見なんですよ。雑誌や学会誌に載せられますよ。岡村発言には現在どういう研究がされているか、ちゃん自分で調べなさいとoj_simpsanさんには言ったのに・・・。
②それとこれも他の人が騙されてはいけないので、何回も言ったことだけど。
「国際委員会の外国人たちは、下関の中国人の存在をしらなかった。だから外国人たちは人口の動向についてしらない」というのがoj_simpsanさんの主張ですね。これも無意味な揚げ足とりの主張なんですよ。
「日本軍が入城した時期は安全区以外はほとんど無人であった」という外国人たちのいろんな証言は、城内(市内)が前提の話なんです。外国人たちは城内(市内)は、安全区の境などまったく関係なく自由に車などを使って探索していました。また、無人であったという日本軍の各部隊の報告もいわゆる市内(城内)が前提です。当時の日本軍も今の研究者も、城外の下関の街などに中国人がいたことなどは知ってます(海軍はそこに食料も供給しましたし)けど、「安全区以外は無人であった」という発言は、それに関係なく言っていることです。
簡単に言うと、現時点の資料では、安全区で虐殺がなければ、いわゆる南京大虐殺はなかったということなんです。人口がそこにほとんど集中していましたからね。つまり、南京という都市全体が城壁に囲まれた首都を、日本軍が包囲して降伏勧告をしたのちに攻撃して入城した。しかし、入城した後に何周間にもわたって中国人を虐殺した、ということは嘘なのです。ここをきちんと明らかにしておいてから、その後に便衣兵の処刑や郊外の敗残兵の殲滅の議論に移らないと、印象操作になってしまいます。
それとこれも何回か言いましたが、oj_simpsanさんが証拠とする南京の裁判は、殺人鬼田中とか100人切りゲームとかそういうものですし、当初は南京市民からは虐殺の証言は出なかったので国家権力で無理に証言を集めたものです。城内(市内)での検証に耐え得る証言は皆無ですし、一次資料でもないですしね。だからあまり重視されないのです。でも、全く価値がないとうことではありません。また裁判研究の資料としては使えます。
oj_simpsanさんの主張はこんなとこですね。oj_simpsanさんはあったという思い込みを白紙にして、当時の一次資料の示す方向を公平に見なければいけないと思います。単なる条件反射的な言葉遊び(とネットでの議論技術だけ)だけでは、無意味です。
これは メッセージ 8649 (oj_simpsan さん)への返信です.
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