南京から靖国へ
投稿者: dod2un 投稿日時: 2004/08/17 12:02 投稿番号: [8246 / 66577]
1.南京市の人口が100万人であったという意見の根拠は何ですか?
どちらの政府が、どのような制度(住民登録など)で、継続的に人口を確認していたのでか?
継続的に100万人を確定する何らかの台帳があるなら、その切れ端でも残っているのではないでしょうか?
そもそも、南京市の住民管理は、国民党が遷都する前は、どのような制度に基づいて行われていたのですか?
こうした、一連の傍証があってこそ、100万人の規模が、多くの人達を納得させうるものとなる筈です。
2.東京裁判での南京事件の数は、A級戦犯で絞首刑になった松井氏の判決では、12万余、となっていた筈ですが、BC級の実行犯(現地指揮官)の訴状(あるいは判決)に基づく総数はどのくらいなのでしょうか?
つまり、極東裁判の論理は、自己完結しているのでしょうか?
命令系統とその命令の実行確認の検証は、後世の批判に耐えうるものでしょうか?
その他、東京裁判は、裁判そのものが、第3者機関で行われたものではなく、国際法上様々な、疑義が呈されています。
3.判決に納得できないA級戦犯の方々(あるいは、ご遺族、支援者)は、名誉回復の訴訟を、国際司法裁判所に提訴することは可能ではないかと思いますが?
「入り口」で「なじまない」とはねられる可能性もありますが、それなりに裁判に耐えうる証拠・データが集まるでしょうから意味はあろうかと思います。
これは メッセージ 8224 (oj_simpsan さん)への返信です.
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