Re: 詰め込み教育論争
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2007/12/08 21:53 投稿番号: [63915 / 66577]
大人になってからも外国語は身に付く。だが、それは母国語の上に積み重ねるのだ。そして、母国語とは別の脳の領域で扱うようになる。母国語並みに使えるようになるのはきわめてまれだし、そしてそうなったとしても母国語として使えるわけではない。あたしがドイツ語を習った先生は当時70位で、当時のあたしより長い間日本語を使っていたはずなのに、あたしより日本語は明らかに下手だったよ。
パンダ。おまえが何歳から日本語を学んだかは知らないが、日本語の雰囲気を使いこなすこととはほど遠い。無理もないしそれをどうこうは言わないが事実は事実だ。
英才教育とは詰め込み教育とは違う。偏向教育と言っていい。それは賭であり、当たれば非常に有利だが外れればたいへんな損失をもたらす。
>教育って、臨界期までの詰め込み教育だけでなかろう。
その多くは、趣味を引き、いかに動機付けさせる学校での教育だ。
留年もなければ、飛び級もない、趣味ありと並んで、楽しさも味わえない勉強は、長続きしない。
教育とはほとんどは臨界期以降の物だよ。詰め込み教育だけが教育だなどとどこから思いついたのかね。日本で義務教育は6歳からであり、8歳までには2年しかない。それ以後の7年の義務教育、6年の高校大学、それ以後の企業での教育、生涯教育、専門教育
ほとんどは臨界期以後の教育だ。
だが、それらの教育の成果は臨界期以前の教育の質により大きく変わる。臨界期以前に詰め込む必要があるというのはそのためだ。そして、臨界期以後も、理屈抜きの詰め込みはある程度必要だ。ある程度だ。動機付け、好奇心、理解を伴った教育はそれを受け付ける能力がある子供に対してのみ有効なのだ。それが出来ていない子供には、例え臨界期以後でも詰め込みでもその能力を身につけさせる必要がある。臨界期以前とは違い効果は薄いが、やらざるを得ない。
これは メッセージ 63914 (tokagenoheso さん)への返信です.
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