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Re: <国際学力調査>「理科に関心」最下

投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2007/12/05 19:47 投稿番号: [63824 / 66577]
詰め込み教育についてはちょっと一言。

>だから詰め込み教育は害あって利無しということですよ。


どうやら、詰め込み教育、丸暗記という語感がどうもよろしくないようですね。しかし、詰め込み教育とはすなわち、理屈理由を考えず頭から記憶し、必要なときに瞬時に取り出せる記憶を形作ることが目的です。

野生さんが言葉を話し始めたのは2歳くらいからで、4,5歳の頃は、年齢相応の意思表示が出来たはずです。一番最初に単語を覚え始めた頃、なぜリンゴはゴンリとは言わないのか、なぜ梨であってアリではないのか、など理屈を考えましたか?なぜママとパパと使い分けるのか考えましたか?

学校で習った内容には多くの定理や公理があります。それらもむろん、その方面の専門家になったならなぜその定理や公理が成り立つのかを考えるのも必要なのでしょうが、通常はそれが基礎であり、それが成り立つという前提で先に進めたはずです。つまり何かを応用し考えるその基礎は全て丸暗記、理屈抜きの知識の蓄積がベースになっているのであり、例外はありません。

また、前にも書きましたが、人間には臨界期という時期があり、だいたい8歳までですが、この時期の幼児の記憶力は驚異的であり、またこの時期に人生で必要な知識を組み立てるための基礎データを蓄積するために、脳がそのように出来ているのです。

脳は個人差は多少あるとしてもだいたい140億個の神経細胞からなり、それは新生児から成人までほぼ同じです。しかし重量は新生児でおよそ800グラム、成人で1400グラムほどです。約2倍に重量が増えますが、これは神経細胞同士をつなぐ神経繊維や脳を養っているグリア細胞の増減による物です。

臨界期まで人間の脳は飛躍的に重量が増加しますが、これは丸暗記で得た知識、データを脳の中に蓄えるための神経繊維の増加による物です。その後、必要な神経繊維は必要な分だけを残し、不必要な物は消失します。その後、人間は本格的に応用力、理解力が付いてきます。そのためには、不要な記憶力はいらないので、エネルギーの浪費を避ける為もあり、記憶力は衰えてきます。しかし、幼児期が特別なのであり、成人期の記憶力が標準と考えるべきです。脳のエネルギー配分が記憶より推理、理解、応用、ひらめきなどと言った方面に使われるようになるからです。

これは生理的な脳の発達のメカニズムであり、臨界期以前にいかに多くのデータを取り込むかがその後の応用力理解力を決定するのです。つまり、詰め込み教育で、無条件に、理屈抜きで多くの知識(言語、色彩感覚、造形感覚、音感、運動感覚等々をふくみます。つまりこれらの知識は全て理屈抜き、無条件に蓄えられる脳の知識です)を蓄えることが絶対不可欠なのであり、理非を論じても仕方がありません。百害あって一理なしと論ずる種類の事ではないのです。大脳の発達メカニズムからして、無条件に必要なのですよ。

臨界期以後もむろん新しい知識は記憶出来ますが、臨界期以前に取り込んだ知識と違い、忘れたり誤解したり混じったりすることがあります。幼児期に記憶した知識を我々は一生忘れませんが、(日本語を忘れない、色彩の区別を忘れないなど)大人になってから覚えたことは、使わないとしばしば忘れます。英語などしばらく使わないとさび付きます。

ところが、日本の教育ではこの無条件の知識まで抑制してしまったが為に、応用力理解力が悲惨なまでに落ちたと言えます。

臨界期以前の人間に詰め込み教育は必要か不要かなどは不毛な論争です。日本人が日本語を覚える必要があるのかないのかと同じくらい無意味です。

人間の教育とは詰め込み教育が基礎である、これしかありません。その上で、理解力、応用力教育の必要性が説かれるのであり、基礎知識のない人間にはそれらの教育は出来ません。日本語の基本的理解力が無く、教師との意志疎通が出来ない子供達は、臨界期以前に基本的な言語教育がされていなかったからです。

ということで、詰め込み教育の要不要は論ずる意味がないと言うことです。
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