Re: <中国>人民解放軍が創設80周年
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2007/08/03 12:39 投稿番号: [62895 / 66577]
横だけれどね
>私もそう思っていますし、かつて何回も憤慨して中国政府のやり方を此処で批判していた。例えば亡命しようとするチベット少年の殺害とか。中国人の移住によるチベット文化の混乱と破壊に対しても。
これについては評価する。
>チベット問題を持ち出すと不愉快と不信感を催すのかといえば、彼等は沖縄やアイヌの問題を決して素直に認めないし、それにかつてもそうだが、今の日本でも朝鮮人(韓国、北朝鮮を含む)に対する民族差別をしていないか。
日本人が、中国のチベット問題を持ち出すのは、北海道や沖縄とは一切関係がない。北海道、沖縄で現実に今血が流されているわけではなく、また独立運動があるわけでもない。
沖縄文化に就いては日本政府も相当力を入れて保存再生に努め、守礼の門の再建なども実現した。
たしかに、戦争中沖縄を犠牲にしたなどの反省点はあるし、未だ本土との格差もあるのは事実だが、それを日本政府が放置しているわけではない。北海道沖縄開発庁などを設け領地の発展を促したのも事実だ。
現在の沖縄北海道の位置を現在のチベット、ウィグルなどと同列に論ずるなどはいかなる面から見ても詭弁にすぎない。従って、日本人がチベット問題を持ち出す背景に、沖縄北海道の後ろめたさがあるなどあり得ない。
>ただそれです。もし私の見方が間違っていれば、ご批判を受けるつもりでいますが。
とうぜん、批判する。
>中国の民族政策を美化しようと思いません。反対に非常に大きな問題として直視してほしい。それも環境問題と関連する上で。此れは私の思いです。
だがそこまで本当に問題意識を持っているなら、なぜ日本の問題にすり替えるのか。中国のたとえば許容範囲を超える環境汚染とその拡大、官憲の腐敗、暴力性、独裁、などなどが日本の責任なのか。
日本国内にも問題があることは日本サイドでも認めているが、中国の問題と相殺できる物でもない。
>こうした中でも、例えばチベットを含め、幾つかの少数民族の言語で大学受験ができるようになっています。つまり受験問題はチベット語またはその少数民族の言語で中国のどこの大学でも受験できる。多くの少数民族の子供は今、自分の言語で小学校から教育を受けることができる。
それは結果論であり、なぜそうなったか、何故そうしたのかの経過が無視されている。
かつて日韓併合が行われ、朝鮮において日本本国とほぼ同等の教育インフラ整備を行った。しかも日韓併合は朝鮮側からの要請で行われた物であったが、それでも未だに韓国北鮮人達はそれを逆恨みしている。
チベットが自ら中国に併合を申し入れ、軍事的手段が用いられずになされた事実があるなら、チベット問題は生じない。今、いかにチベットが扱われていようと、その経過で行われた非道を無視するわけには行かない。
ただし、これを以て、今とは全く価値観が違う100年前の沖縄北海道にたいする日本の行為とすり替えるのはやはり詭弁だ。
>朝鮮語学校はなぜいまだに日本で大学受験を、平等に認めないのですか?いざ朝鮮語学校の受験を認めれば、日本は根幹から崩れ落ちるのですか?
外国人学校とは基本的に本国の文化を子弟に伝えるための機関であり、日本における学校とは趣旨が違う。とうぜん区別されるべき物だろう。諸外国にある日本人学校も同じ区別をされている。
むろん国により扱いは違うだろうし、日本でもたとえばアメリカンスクールのいくつかは日本の学校と同等の資格を持っているが、それはスクール側の歩み寄りによる物だ。朝鮮学校も、大学入試資格は各大学に判断を任せられている。
本国の文化を子弟に伝えようとすること自体はもちろん当然だが、もし日本の社会で生きてゆくのであれば日本文化も尊重し正しく学ぶ義務があるだろう。その義務をどれだけ果たしているかが、その学校の扱いの差になる。朝鮮学校で、明らかな反日教育がなされているのであれば、当然日本で受け入れられないのも当然だ。無条件で差別をなくせと言うのは虫が良すぎる。
>他文化を保護することは自分文化の上達に繋がるのではないか。
それは当然だが、その文化を日本が受け入れるかどうかは別の問題だ。また、古来日本は海外文化を積極的に取り入れ、消化してきた。取捨選択をしたのとは別に日本が他文化を攻撃し排除した例があるか。
>私もそう思っていますし、かつて何回も憤慨して中国政府のやり方を此処で批判していた。例えば亡命しようとするチベット少年の殺害とか。中国人の移住によるチベット文化の混乱と破壊に対しても。
これについては評価する。
>チベット問題を持ち出すと不愉快と不信感を催すのかといえば、彼等は沖縄やアイヌの問題を決して素直に認めないし、それにかつてもそうだが、今の日本でも朝鮮人(韓国、北朝鮮を含む)に対する民族差別をしていないか。
日本人が、中国のチベット問題を持ち出すのは、北海道や沖縄とは一切関係がない。北海道、沖縄で現実に今血が流されているわけではなく、また独立運動があるわけでもない。
沖縄文化に就いては日本政府も相当力を入れて保存再生に努め、守礼の門の再建なども実現した。
たしかに、戦争中沖縄を犠牲にしたなどの反省点はあるし、未だ本土との格差もあるのは事実だが、それを日本政府が放置しているわけではない。北海道沖縄開発庁などを設け領地の発展を促したのも事実だ。
現在の沖縄北海道の位置を現在のチベット、ウィグルなどと同列に論ずるなどはいかなる面から見ても詭弁にすぎない。従って、日本人がチベット問題を持ち出す背景に、沖縄北海道の後ろめたさがあるなどあり得ない。
>ただそれです。もし私の見方が間違っていれば、ご批判を受けるつもりでいますが。
とうぜん、批判する。
>中国の民族政策を美化しようと思いません。反対に非常に大きな問題として直視してほしい。それも環境問題と関連する上で。此れは私の思いです。
だがそこまで本当に問題意識を持っているなら、なぜ日本の問題にすり替えるのか。中国のたとえば許容範囲を超える環境汚染とその拡大、官憲の腐敗、暴力性、独裁、などなどが日本の責任なのか。
日本国内にも問題があることは日本サイドでも認めているが、中国の問題と相殺できる物でもない。
>こうした中でも、例えばチベットを含め、幾つかの少数民族の言語で大学受験ができるようになっています。つまり受験問題はチベット語またはその少数民族の言語で中国のどこの大学でも受験できる。多くの少数民族の子供は今、自分の言語で小学校から教育を受けることができる。
それは結果論であり、なぜそうなったか、何故そうしたのかの経過が無視されている。
かつて日韓併合が行われ、朝鮮において日本本国とほぼ同等の教育インフラ整備を行った。しかも日韓併合は朝鮮側からの要請で行われた物であったが、それでも未だに韓国北鮮人達はそれを逆恨みしている。
チベットが自ら中国に併合を申し入れ、軍事的手段が用いられずになされた事実があるなら、チベット問題は生じない。今、いかにチベットが扱われていようと、その経過で行われた非道を無視するわけには行かない。
ただし、これを以て、今とは全く価値観が違う100年前の沖縄北海道にたいする日本の行為とすり替えるのはやはり詭弁だ。
>朝鮮語学校はなぜいまだに日本で大学受験を、平等に認めないのですか?いざ朝鮮語学校の受験を認めれば、日本は根幹から崩れ落ちるのですか?
外国人学校とは基本的に本国の文化を子弟に伝えるための機関であり、日本における学校とは趣旨が違う。とうぜん区別されるべき物だろう。諸外国にある日本人学校も同じ区別をされている。
むろん国により扱いは違うだろうし、日本でもたとえばアメリカンスクールのいくつかは日本の学校と同等の資格を持っているが、それはスクール側の歩み寄りによる物だ。朝鮮学校も、大学入試資格は各大学に判断を任せられている。
本国の文化を子弟に伝えようとすること自体はもちろん当然だが、もし日本の社会で生きてゆくのであれば日本文化も尊重し正しく学ぶ義務があるだろう。その義務をどれだけ果たしているかが、その学校の扱いの差になる。朝鮮学校で、明らかな反日教育がなされているのであれば、当然日本で受け入れられないのも当然だ。無条件で差別をなくせと言うのは虫が良すぎる。
>他文化を保護することは自分文化の上達に繋がるのではないか。
それは当然だが、その文化を日本が受け入れるかどうかは別の問題だ。また、古来日本は海外文化を積極的に取り入れ、消化してきた。取捨選択をしたのとは別に日本が他文化を攻撃し排除した例があるか。
これは メッセージ 62891 (cobapics0506z さん)への返信です.
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