Re: 西遊記
投稿者: horse_224 投稿日時: 2006/12/07 13:11 投稿番号: [61714 / 66577]
ご無沙汰です。
横レスしますね。
日本では基本的に、ドキュメンタリーを除くテレビ番組や映画は、娯楽でしかないと思います。 つまり、「笑いが取れれば良い。」「主人公が強くて、胸がすっきりすれば良い。」「主人公にアイドルを起用して視聴率や興行成績が上がれば良い。」等等。
「真説西遊記」などと銘打って書籍を販売するのならばともかく、映画やテレビに聖なる部分を求めても無駄だと思います。 いかにもドキュメント風なテレビや映画ですら、見る人から見れば「何じゃこりゃ」見たいなものが沢山あるでしょう? プロパガンダ用の戦争映画や、戦意高揚映画などは糾弾されて然るべきものだと思いますが、文学作品のドラマ化映画化にはどのようにしても、視聴率や興行成績稼ぎの為の脚色が伴います。 まあ、言ってしまえば資本主義の害悪でしょうか。 まあ、正直言って放って置けば良いと思います。
ところで、私の年代は堺さんの西遊記や、ドリフの西遊記(人形劇)だったわけですが、なかなか面白かったですよ。 ドリフは単なるお笑いでしたが、堺さんのものは、今思い返してみても良い作りだったと思います。 因果応報がきっちり表現されていましたし、悪役に対しても悪役なりの苦悩が描かれていて、今思い返してみても子供の為になる番組だったと思います。(ゴダイゴの歌なんぞはいまだにカラオケで歌ったりします。) ドリフの西遊記なんて、cobaさんが見たら卒倒するんじゃあないかな。笑
以前トヨタのCMで、狛犬?かなにかにお辞儀をさせるCMが問題になったり、レブロンのNIKEのCMが問題になったりしましたよね。 ここら辺からも、感覚の違いが窺えますね。 商業物は商業物で割り切る。 これが良い事かどうか分かりませんが、中国もこれから益々そうなっていくことでしょう。
それにしても不思議なのですが、それらコマーシャルにしろ、今回の映画にしろ、実際に中国で放映上映されるまでには翻訳業務をはじめとして、少なくない中国人が携わっていたはずなのですが、その人達はどういった感覚で見ていたのでしょうね? 映画化される前の、ドラマの西遊記にしても、駐日の大使館員やその家族、また留学生などいくらも見る機会があるはずです。 王大使もチラッと位は見ているかもしれませんね。 しかし、中国で上映された途端に問題になった。
これは、一つは中国人の中にも、それら(商業物としての割り切り)を感覚として有している人達がいて、またその様に割り切れない人達もいるということかもしれませんね。 しかし別の見方をすると、有名なハリウッド映画(「MI」か「007」だったと思います。)が、確か上海の裏町を映したということできっちり事前検閲で落とされているにもかかわらず、検閲をクリアした「西遊記」が新聞紙上で騒がれるのは、意図的だと見えないこともありません。 だって検閲するのは中国人でしょう? そこまで中国人にとって配役が大事なら、また「西遊記」が聖なるものならば、検閲に引っかからないはずがないですよね?
個人的には、検閲で引っかかって上映されないのなら、文化習慣の違いとして納得できますが、クリアしたものに対して「聖域を汚す」が如き文句がつけられるというのは、「文句をつける相手が違うだろう?」という感じがします。
恐らくこれが現実だろうと思いますが「中国人の中にも、そう思う人もいるし、そう思わない人もいる。」という程度だったら騒ぐに値しないですね。 そう思う人が多く興行成績が上がらなければ、二度とそういった映画は上映されないだけでしょうから。。。
しかし、「sina.com」のニュースにもありましたが、ネット調査では反対票が82%だとか。 今後はそれらの人達から検閲官を選出した方が良いかもしれませんね。。。。。。と皮肉で締めくくる。。。
私の好きな小説も、結構ドラマ化映画化されています。 原作と映像が異なっていると確かに良い気持ちはしないですね。 しかし、憤慨しても仕方がないと思っていますし、別物だと割り切ることにしています。
日本では基本的に、ドキュメンタリーを除くテレビ番組や映画は、娯楽でしかないと思います。 つまり、「笑いが取れれば良い。」「主人公が強くて、胸がすっきりすれば良い。」「主人公にアイドルを起用して視聴率や興行成績が上がれば良い。」等等。
「真説西遊記」などと銘打って書籍を販売するのならばともかく、映画やテレビに聖なる部分を求めても無駄だと思います。 いかにもドキュメント風なテレビや映画ですら、見る人から見れば「何じゃこりゃ」見たいなものが沢山あるでしょう? プロパガンダ用の戦争映画や、戦意高揚映画などは糾弾されて然るべきものだと思いますが、文学作品のドラマ化映画化にはどのようにしても、視聴率や興行成績稼ぎの為の脚色が伴います。 まあ、言ってしまえば資本主義の害悪でしょうか。 まあ、正直言って放って置けば良いと思います。
ところで、私の年代は堺さんの西遊記や、ドリフの西遊記(人形劇)だったわけですが、なかなか面白かったですよ。 ドリフは単なるお笑いでしたが、堺さんのものは、今思い返してみても良い作りだったと思います。 因果応報がきっちり表現されていましたし、悪役に対しても悪役なりの苦悩が描かれていて、今思い返してみても子供の為になる番組だったと思います。(ゴダイゴの歌なんぞはいまだにカラオケで歌ったりします。) ドリフの西遊記なんて、cobaさんが見たら卒倒するんじゃあないかな。笑
以前トヨタのCMで、狛犬?かなにかにお辞儀をさせるCMが問題になったり、レブロンのNIKEのCMが問題になったりしましたよね。 ここら辺からも、感覚の違いが窺えますね。 商業物は商業物で割り切る。 これが良い事かどうか分かりませんが、中国もこれから益々そうなっていくことでしょう。
それにしても不思議なのですが、それらコマーシャルにしろ、今回の映画にしろ、実際に中国で放映上映されるまでには翻訳業務をはじめとして、少なくない中国人が携わっていたはずなのですが、その人達はどういった感覚で見ていたのでしょうね? 映画化される前の、ドラマの西遊記にしても、駐日の大使館員やその家族、また留学生などいくらも見る機会があるはずです。 王大使もチラッと位は見ているかもしれませんね。 しかし、中国で上映された途端に問題になった。
これは、一つは中国人の中にも、それら(商業物としての割り切り)を感覚として有している人達がいて、またその様に割り切れない人達もいるということかもしれませんね。 しかし別の見方をすると、有名なハリウッド映画(「MI」か「007」だったと思います。)が、確か上海の裏町を映したということできっちり事前検閲で落とされているにもかかわらず、検閲をクリアした「西遊記」が新聞紙上で騒がれるのは、意図的だと見えないこともありません。 だって検閲するのは中国人でしょう? そこまで中国人にとって配役が大事なら、また「西遊記」が聖なるものならば、検閲に引っかからないはずがないですよね?
個人的には、検閲で引っかかって上映されないのなら、文化習慣の違いとして納得できますが、クリアしたものに対して「聖域を汚す」が如き文句がつけられるというのは、「文句をつける相手が違うだろう?」という感じがします。
恐らくこれが現実だろうと思いますが「中国人の中にも、そう思う人もいるし、そう思わない人もいる。」という程度だったら騒ぐに値しないですね。 そう思う人が多く興行成績が上がらなければ、二度とそういった映画は上映されないだけでしょうから。。。
しかし、「sina.com」のニュースにもありましたが、ネット調査では反対票が82%だとか。 今後はそれらの人達から検閲官を選出した方が良いかもしれませんね。。。。。。と皮肉で締めくくる。。。
私の好きな小説も、結構ドラマ化映画化されています。 原作と映像が異なっていると確かに良い気持ちはしないですね。 しかし、憤慨しても仕方がないと思っていますし、別物だと割り切ることにしています。
これは メッセージ 61712 (cobapics0506z さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019566/cf9q_1/61714.html